1 はじめに

21世紀を迎えた現在、美術館の再編が世界的規模で進んでいるように思われる。数年前のポンピドゥのリニューアルや、昨年5月のテイト・モダン・ギャラリーの開館は未だ記憶に新しいし、やはり数年前に発表されたMoMAのエクスパンション・プログラムも、今後その作業が本格化していくだろう。また、知名度という点ではこれらの美術館に劣るかもしれないが、ゲティ・センター、グッゲンハイム美術館ビルバオ、バイエラー財団美術館、ブレゲンツ・クンストハウスといったいずれも大規模な美術館がオープンしたのは、つい近年のことなのだ。そして、バブル期の美術館建設ラッシュが一段落した日本でも、まだ青森県立美術館・金沢市立現代美術館・神奈川県立近代美術館などの建設が控えている。このような美術館の新設が、世界的な規模での美術館地図の書き換えを促していることなど、誰しも容易に了解可能なことであろう。

もっとも、この世界的な流行にはいささか腑に落ちない点もないではない。「文化の記録で、同時に野蛮の記録でないようなものは決して存在しない」というヴァルター・ベンヤミンの発言を引用するまでもなく、美術館の歴史とは実は戦利品の収奪と公開の歴史であった。アレキサンダー大王がエジプトに建設した幻想の図書館「ムセイオン」、ローマ方法が建設したカピトリーノ美術館、ブルボン王朝が18世紀末にコレクションを初公開したルーヴル美術館等々、どの施設を美術館の嚆矢とみなすかは立場によって様々だが、これらの施設がいずれも宗主国と植民地の支配/被支配の関係に対応したものであることに変わりはない。支配/被支配の関係を鋭く抉ろうとするポストコロニアリズムのような言説が声高に唱えられる昨今、この美術館の再編に新たな文化的グローバリゼーションの台頭を予見する態度は、決して穿ちすぎたものではないはずだ。

その一方では、言うまでもなく90年代以降のコンピュータ・テクノロジーの急速な進展が必然的にもたらした「ヴァーチュアル・ミュージアム」の問題も、決してなおざりにすることはできない。「ヴァーチュアル・ミュージアム」という概念そのものは80年代から存在したのだが、作品データのデジタル・アーカイブと同義であった当時、それはまだ多分に比喩的に語られる空間の域を出てはいなかった。しかし、90年代後半以降は、インターネットのグローバルな普及や、プラグインの開発などにより、ネット上に様々な「美術館」が開設されるようになり、かつてアンドレ・マルローが写真というメディアの多様なコラージュとして構想した「空想の美術館」は、もはや絵空事ではなく、紛れもなくWeb上に展開されるにいたっている。してみると、今後ますます「ヴァーチュアル・ミュージアム」が質量ともに本格化していくことが確実な現在、世界各地の美術館はその前提をいかにして自らの戦略に反映させようとしているのかが、必然的な問題として浮上してくる。もはや「ホワイト・キューブ」という総称に表象されるディスプレイ概念に安住していられる時代ではないだろう。これからの美術館は、絶えず「ヴァーチュアル・ミュージアム」との並行関係において考えられねばならないのだ。
正直なところ、われわれの想像力はこのような問題へとたどり着く前の地点で足踏みしているのかもしれない。多くの観客にとって、「ヴァーチュアル・ミュージアム」は依然として比喩的な空間にとどまっているし、また昨今の日本では、美術館をめぐる問題といえば、この4月に制度的な移行を見た件の国立美術館独立行政法人化及びその周辺へと議論が集中し、前述のようなグローバルな問題系にまで視野を敷衍する余裕などなかなかないのが、実情といえば実情には違いない。だが、近代的な制度としての美術館が根底的に問い直されていることが疑うべくもない現在、広い視野に基づくそうした問題系の再検討は急務であろうし、身近な問題を考えるに当たっても不可欠であると考えられる。美術館の再編は、とりもなおさず、それに対応するミュゼオロジーの再編ともリンクしているはずなのだから。

いささか大風呂敷を広げすぎてしまっただろうか。だがこのいささか大げさな前提こそが、筆者が今回よりこのWebで新連載を開始するに当たって真っ先に意識したことでもある。ともかくも、筆者がここで意図していることは、21世紀の美術館/美術館の21世紀を考えることの一点に尽きており、前述の「グローバリゼーション」や「ヴァーチュアル・ミュージアム」といった論点も、そうした問題意識の中で意識されはじめたことである。もちろん、この作業が一筋縄でいくような容易なものでないことは分かっている。一口に美術館といっても、作家、キュレーター、ミュゼオロジスト、建築家、観客など、関わる立場の相違に起因する美術館観の違いは小さくないし(しかも私自身は、強いて言えば観客だが、恐らくこの分類のどれにも該当しない。立場に拘束されない点では気楽だが、半面自らの美術館観がどこに由来するのかを、絶えず厳しく問われることになるだろう)、また美術館の現在/未来の考察が主目的とはいえ、美術館という制度が確立・定着してきた歴史的変遷に対する視野も欠くことはできないだろう。だが例えば、以下の卓見が美術館の本質を言い当てていることは、立場の相違を超えて、大方の論者が同意するだろう。本質的な問題を提起しているばかりか、この企画の今後の展開にも関わるものだけに、ここで少し長めの引用を試みておきたい。ミュージアムは一つの制度である。制度であるからには、その初まりがあり、ついで展開があり、そして終焉をむかえることになる。初まりであって起源ではない。この二つの用語は注意して区別されるべきで、歴史的には発生的事実が重視されるので、起源が注目されるだろう。だが制度は必ずしも継時的に順序だてて生成されていくとは限らない。その制度を空間的なプログラムに編制しなおしたあげくに建築型が組み立てられていくのだとすれば、まったく継時的な漸進運動などはあり得ず、むしろ段階的に特徴を持った型が突如として出現することさえあり得るだろう。ミュージアムのうち、ここでは美術品を収蔵展示する美術館をとりあげる。……今日、単純に美術館と呼ばれていても、そこには制度的に明瞭に異なる段階の型が存在しており、私はさしあたりこれを三つに分類するのが適切と考えている。第一世代の美術館は、一八世紀までに成立した、王侯貴族の私的コレクションを公開する目的で設立されている。第二世代美術館は、第一世代のそれが自動的に創出してしまったアカデミーの権威にたいする意図的な反抗として生まれた美術運動とかかわっている。第三世代美術館と私が予防としているのは、第二世代のいわゆる近代美術館にたいする批判の上に成立しているが、それは一九六〇年代以降の現代美術の動向とかかわっている。『造物主議論――デミウルゴモルフィズム』このWebでも美術館建築をめぐるダイアローグを展開している建築家・磯崎新が著した美術館についての断章である。建築家として多くの美術館の設計に携わった経験をもつ磯崎は、無論のことその経験をフィードバックして美術館を論じているのだが、その的を射た議論は決して私的な経験の域にとどまることなく、美術館の本質へと鋭く迫るものである。とりあえずは、今後の展開を視野に入れて、少なくとも三点におけるその慧眼を指摘しておかねばなるまい。

まず第一に、磯崎が「ミュージアム」と「美術館」を厳密に区別して考えていること。英語のmuseumとは「博物館」と「美術館」の双方を含意している概念なのだが、磯崎は自らの経験に引き寄せる形で「美術品を収蔵展示する美術館」、すなわちMuseum of Fine Artsへと議論の対象を限定している。本来は「博物館」の一領域であった「美術館」がどのような経緯で拡張し、専門化するほどに肥大していったのか――その考察はそれこそ「美術」の初まり/起源をも視野に入れた議論を要請するだろうし、半面、「近代美術館」「現代美術館」「アートセンター」「ヴァーチュアル・ミュージアム」など、諸々のヴァリエーションへと分岐していった美術館の現状にも送り返されることになるだろう。

次いで第二に、磯崎が美術館の発展段階を大きく三つに区分して考えていること。磯崎のこの指摘は、次回以降で通観することになる教科書的な美術館史ともほぼ正確に対応しているばかりか、少なくとも筆者の知る限り、あまり類例を指摘できない独創的な視点足りえてもいる。特に、この区分で言うところの「第三世代の美術館」が、60年代の「サイト・スペシフィック」との連関で考えられていることには注意する必要があるだろう。磯崎の現代芸術に対する深い造詣はこのWebのダイアローグからも容易に確かめられることであるが、その対話の流れは、彼が美術と美術館を一連のコネクティヴ・プロセスとみなしていたことを言外のうちに明らかにしている。このコネクティヴ・プロセスもまた、ここで検討されねばならない課題の一つであることは疑いない。
そして第三に、いささか第二の論点ともオーバーラップするのだが、磯崎のいう「第三世代の美術館」が「場所」に多くを依存した概念であること。これは最終的には、この断章の初出である『デミウルゴモルフィスム』がプラトンの『テイマイオス』を強く意識した書物である事実にまで遡った検討を要請するだろう。同書の中でプラトンが論じた「場」(khola)とは、アリストテレスの「第一質量」に表象される、絶対座標的な場所概念と対比されるべき性格を持った非場所的な場所概念であり、間違いなく、磯崎の関心もそこに寄せられている。磯崎が岡山の山中に「サイト・スペシフィック」な美術館を建設した理由は、この関心を抜きにしては考えられないし、また同一の問題意識は「ミュージアム」同様極めて一八世紀的な概念である「廃墟」への強い関心としても展開されていく。もちろん、この非場所的な「場」概念は、現在の「ヴァーチュアル・ミュージアム」にとっても多大な示唆を孕んでいるだろう。「建築の危機の時代」である一八世紀に由来する磯崎の「場」への強い関心は、一方ではミシェル・フーコーのいう古典主義的な「場」の表象へと傾斜し、他方では「ヴァーチュアル・ミュージアム」のようなサイバースペースにも傾斜していく。今美術館を研究するということは、この全く異質な二つの「場」を同時に扱うことでもあるわけだ。

かなり強引な我田引水となってしまったが、ここに以上の三つの論点へと集約される磯崎の問題提起を真っ先に掲げたのは、それが今後の展開のためにも最良の導入とも思われたからだった。磯崎の美術館論については、もちろん今後も必要があれば随時参照して検討を加えていくことにして、さしあたりここでは、文末の目次案を補足する形で、今後の展開を予告しておこう。まずは美術館の起源と歴史を教科書的な展開のうちに探り、MoMAやポンピドゥーなど現代の巨大美術館のケース・スタディを経て、現代のヴァーチュアル・ミュージアムにまで議論を押し進めていくのが基本的な流れであるが、それと同時に、モダンとポストモダン、「美術館美術」と「オフ・ミュージアム」等々、美術館にとって重要な意味を持つ諸概念を検討し、制度論はもとより、メディア論やアーカイヴ論といった視点を加味していく。従来のミュゼオロジーに比して、美術館建築に多くの議論を割くことを予定しており、またもちろん、Webの特性を利して、可能な限り多くのリンクを張り巡らせるつもりである。当然の話だが、この一文は単なるイントロダクションなので、その成否は次回以降展開されることとなる諸々のケース・スタディによって判断してほしい。現状ではあくまでも暫定案なので、特に後半部分は、当初の予定から大幅に変更される可能性が高いことを事前に断っておかねばならないが、ただ一点、21世紀の美術館/美術館の21世紀を検証するというそもそもの意図だけは変わりようがないし、また変えるべきでもないだろう。具体的な作業に着手するに先立って、そのことだけは自らの肝に銘じておきたい。