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特集:201401 2013-2014年の都市・建築・言葉 アンケート<

足立元

●A1
昨年、「東京」という日本の中で最も巨大かつ有名な都市の名が、展覧会タイトルとして用いられたのを見た。ニューヨーク近代美術館の「TOKYO: 1955-1970 A NEW AVANT-GARDE」展である(2012年11月〜13年2月)。これは、日本の戦後美術史の見取り図を示そうとしたものとして重要だが、同時に、アメリカ人の視点でそれがどのように見えるかを提示したものとして興味深かった。
多彩な戦後美術史を要約するのは困難なことだが、この展覧会では、主に、丹下健三の「東京計画1960」のような過激な都市計画、中村宏の絵に見られる歪んだ人間像、そして東松照明らの鮮烈なモノクローム写真、という三つの側面を強調していたように思う。 ちなみに、同時期に隣の数倍の広さの会場で開催されていた「Inventing Abstraction, 1910-1925」展は、20世紀前半の西洋における造形の進化を重要な作品・資料で鮮やかに示していた。それに比べると、「TOKYO」展はインパクトばかりが空回りするような(もちろんそんなことはないはずだが)、原始的・未開の印象を与えるものだったことに、小さなショックを覚えた。オリエンタリズムは終わっていない。

 
「TOKYO: 1955-1970 A NEW AVANT-GARDE」カタログ/「Inventing Abstraction 1910-1925」カタログ


同時期のニューヨークでは、グッゲンハイム美術館で、関西にあった前衛グループ・具体に関する「Gutai: Splendid Playground」展を開催中だった(2013年2月〜5月)。前年に国立新美術館で開催された具体展がクロノロジカルに結成から終焉までを折っていたのに対し、グッゲンハイムの展覧会は膨大な調査に基づきながらもあくまで華やかな祝祭として演出していた。後者の方がはるかに楽しめるものであったことは間違いない。だが、これらの展覧会のように、日本の美術が英語圏の中で拾ってもらうことを、果たして国際的な評価として素直に喜ぶべきか、あるいはグローバリゼーションにおける文化資本の収奪として懸念するべきか。
その頃、デューク大学准教授ジェニファー・ワイゼンフェルドの『IMAGING DISASTER: TOKYO AND THE VISUAL CULTURE OF JAPAN'S GREAT EATHQUAKE OF 1923』(University of California Press, 2013)の出版があった。絵画、漫画、写真、建築、統計など関東大震災にまつわる多様な視覚表象から1945年のヒロシマまでを論じた本である。直接の言及はないが、東日本大震災とその復興のことも著者の念頭にはあっただろう。アメリカの中には、日本の美術情報を単に英語化してアメリカを中心とする歴史の中に組み込む、という以上の、知的でアクチュアルな取り組みも確かに存在する。

 
「Gutai: Splendid Playground」カタログ/『Imaging Disaster: Tokyo and the Visual Culture of Japan's Great Earthquake of 1923』


再び昨年の海外出張からの話題だが、6月に訪れたロンドンで、印象に残った展覧会の二つを紹介したい。ウェルカム・コレクションという変わった施設で、「SOUZOU: Outsider Art from Japan」という展覧会を見た(2013年3月〜6月)。タイトルは「創造」と「想像」をかけたもので、日本の知的障害者たちによる美術作品を紹介するものだ。「エイブル・アート」とも称されてよく見た作品に再会し、それらがヨーロッパの人々をも楽しませる力があることを確認した。また、ロンドンのヘイワード・ギャラリーでは「ALTERNATIVE GUIDE TO THE UNIVERSE」展を見た(2013年6月〜3月)。これは西洋と中国における同様の美術を紹介するもので、初めて見る刺激的な作品も多かった。こちらでは「self-taught artists」(独学の美術家)といういい方をする。ともあれ、ロンドンで東西のアウトサイダーを合わせて見る幸運に恵まれたわけだ。
この二つを見て、意外なことに気づいた。個人の内面を深く、深く、掘り下げるアウトサイダー・アートには、個人を超えた都市や建築に関する要素が、少なからずある。例えば、「SOUZOU」展に出品された勝部翔太の作品は、ビニール袋などの口をくくるためのカラフルな針金で作った、高さ数センチの小さな戦士の人形を300体ほど並べたものだ。それはまるで少年が夢見る戦士の都市をつくっていて、子どもも大人も見ていて飽きない。他方、「ALTERNATIVE GUIDE」展に出品されたフランスのマルセル・ストー(Marcel Storr)は、紙に色鉛筆で夢の大聖堂を描く。ただそればかり、延々と、繰り返す。その建物はサイケデリックな色彩で、遠近法にも重力にも縛られず、増殖し、結合し、あたかも現代建築の過激な都市計画のような姿へと展開する。アウトサイダーの建築は、精神の災害の後に続く、夢の復興といえるかもしれない。

●A2
今年1月に、かつて『日本近現代美術全史』と呼ばれていた本が、企画から10数年を経て、ついに刊行される。最終的に『美術の日本近現代史─制度・言説・造型』(東京美術)というタイトルになった。北澤憲昭、佐藤道信、森仁史が編集委員となり、「全史」すなわち、歴史の全てではなく、歴史の全体をまとめるものとして、日本の近現代美術史を総括するという試みを行なった。千頁近くの分量で、価格も相当なものだが、美術に関心がある者であれば資料として手元に置いておくべき本であろう。
また、4月には小学館『日本美術全集』の17巻「前衛とモダン」、年明けには同18巻「戦争と美術」が刊行される。紙の美術全集としてはおそらく最後となるものであり、2010年代の美術史家たちがスタンダードとして認める作品を、大きな図版で収録している。
今年は、そのほかの共著にも関わらせていただいている。しかし、これからは自身の研究を深めることにも注力したい。今後の数年間には、拙著『前衛の遺伝子』(ブリュッケ、2012年)のサイド・ストーリー、続編、そしてスピン・オフの番外編、といった本を、書いていくつもりである。もっと大きな視点で、もっと面白いネタを取りあげてみたい。

『美術の日本近現代史──制度・言説・造型』



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