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特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<

江渡浩一郎

●A1

Port B 『光のないII』(構成・演出:高山明)

福島第一原発事故を受け、エルフリーデ・イェリネクが書いた戯曲『光のないII』を題材とし、都市のなかを歩き周る形での演劇へと発展させた。新橋駅前のビルを出発点とし、ラジオとポストカードの束を受け取って、指定された場所に移動してラジオから流れてくる声を聞く。新橋という町に福島第一原発周辺の状況が仮想的に重ね合わされ、避難している避難民の気持ちを受け取ることになる。
2010年10月、高山明は同じように都市の中に埋め込まれた演劇作品「完全避難マニュアル」を発表した。ウェブ上で公開された地図を手に目的地にたどりつき、その過程を楽しむ作品だ。東京という都会にも、自分が逃げこめるような場所があちこちにあるのを発見した。
この完全避難マニュアルの約半年後に、2011年3月11日の東日本大震災が起こった。電車が停止して帰宅できなくなり、私は帰宅難民となった。文字通り東京の町のなかを「避難」することとなった。この震災の約半年前に東京の街中を「避難する」演劇作品を発表していた高山明の予言性に驚くと同時に、あまりに現実感がありすぎるので「これで完全避難マニュアルの再演は不可能になったな」と感じていた。
しかし、『光のないII』は、完全避難マニュアルの続編とみることもできるのではないか。福島第一原発事故の影響で「避難」している避難民がたくさんいる現状を、新橋駅周辺の状況へと重ね合わせることによって、都市の中での避難の意味に多重性を持たせた。困難な状況の中で結果を出すという意味で、じつに高山明らしい作品だと感じた。
哲学者・東浩紀は、「福島第一原発観光地化計画」を検討している。福島第一原発周辺が将来観光地化されるはずとの想定で、今のうちからその環境を整備しておこうという計画である。この計画には賛否両論があるが、現在起きている福島第一原発事故の影響を記録し、後世に伝えていく必要があるのは間違いがない。その意味で、この計画には一定の価値があると思っている。
その意味ではこの『光のないII』は参考になるのではないだろうか。新橋という町に福島第一原発周辺の状況を重ねあわせることで、避難という状況を追体験できる。体験をわかりやすく伝える仕組みとして意味があると思っている。

TRANS ARTS TOKYO展

TRANS ARTS TOKYO展は、2012年10月に神田の旧東京電機大学跡地で開催された展覧会である。東京電機大学は2012年4月に北千住に移転し、神田キャンパスは取り壊されることとなった。その取り壊しまでの間、キャンパスを展覧会場とした。アーツ千代田3331を主催する現代美術作家・中村政人が企画しており、これまでに彼が続けてきた都市の中での空間をアートに転用するプロジェクトの一環と見ることができる。
キャンパスの中心には17階建てのビルがあり、それを丸ごと展覧会場に転用した。17階のそれぞれのフロアーごとに異なる団体がそれぞれ違う構成で展示をしていて、階を移るごとにまったく違った世界が開けているという、まるで映画「インセプション」のような世界が実現されていた。展示は、建築、アート、デザインなどの多分野を横断するものとなり、多種多様な人の交流の場となった。私はニコニコ学会βの主催者として、明治大学宮下芳明准教授、中橋雅弘氏と共にニコニコ学会βの展示を行なった。
また、この展覧会を立ち上げイベントとして、これから5年かけて神田の街中にアートセンターを作る計画が進められている。私はその計画のコアメンバーとしても参加している。よくよく考えてみれば、私は中村氏がてがけてきた「ザ・ギンブラート」(1993)や「新宿少年アート」(1994)といったアートパフォーマンスを大学生の時に体験し、大きな影響を受けてきた。20年後の今、このようなプロジェクトにコアメンバーとして参加することができ、光栄に感じている。神田という古くから続く伝統の町で、新しいアートの試みが続けられることを期待している。

冨田勲「イーハトーヴ交響曲」

日本におけるシンセサイザー奏者の先駆者である冨田勲は、初音ミクを使った交響曲「イーハトーヴ交響曲」を作曲し、2012年11月23日に初演した。従来、初音ミクの歌は決められたテンポであらかじめ生成しておき、それに合わせて楽器を演奏することしかできなかった。しかし、冨田氏の希望から、指揮者に合わせて初音ミクが歌う技術を開発し、世界で初めて交響曲として完成させた。このような技術的な新規性が素晴しいのはもちろんだが、80歳になった今も初音ミクのような新しい技術に着目し、それを新しい芸術表現へと発展させようとしている冨田氏の変わらない先駆性に感動を覚えた。

神田恵介によるファッション

神田恵介はこれまで数々の問題作を発表してきたファッションデザイナーである。今回私が見せてもらった新作では、野球選手の服と女の子のファッションが融合した服を発表していた。野球帽と花嫁のブーケが合体した帽子、ネグリジェと野球服が融合した服など、洋服でまだこんな新しい表現ができるのかと衝撃を受けた。ありえないものを見た、という感想。

ニコニコ学会β

私自身は、ユーザー参加型を実現させるための研究発表の場「ニコニコ学会β」を立ち上げ、推進してきた。第1回ニコニコ学会βを2011年12月に六本木ニコファーレで開催し、その後2012年4月に、ニコニコ超会議の一環として第2回ニコニコ学会βを開催。2012年12月にふたたび六本木ニコファーレにて第3回ニコニコ学会βを開催した。この2012年の1年間は、ほとんどニコニコ学会β関連のことをやっていたという印象である。
ユーザー参加型といえば、たとえばニコニコ動画ではユーザーが動画を作って発表している。従来のプロの作家による表現にひけをとらないような高品質の作品であり、実際にCDが発売され、ヒットチャートに上っている。そのように、動画(音楽・映像)の分野でプロとアマが入り乱れるような状況となったが、この先にはどんな展開がありうるだろうか。
私は、自分の専門が研究なので、この分野でもそのようなプロとアマの融合が起こりうるだろうかと考えてみた。結果として、特にIT分野のような使用する機材の平準化が起こっている分野では、これからもその融合は進むだろうと考えた。そこで、そのようなユーザーによって推進される研究を「ユーザー参加型研究」と名づけ、積極的に推進していきたいと考えた。そのような考えの元に立ち上げたのが、「ニコニコ学会β」である。
このユーザー参加型という概念は、さらにさまざまな方向に発展しうると考えている。現在すでに、ユーザーによる宇宙開発が進展しているところである。その一環として、ユーザーが独自の発想で勝手に建築を作り上げ、発展させていくような「ユーザー参加型建築」もありうるだろうと考えている。私は、そのようなこれから先に開ける世界に興味があり、真っ先にそのような世界を見てみたいと思ってこのプロジェクトを推進している。

●A2
私が推進しているニコニコ学会βでは、2013年4月に行なわれるニコニコ超会議2において、第4回ニコニコ学会βを計画している。これまでと同様に、プロと野生の研究者が集まる多様な研究発表の場となるはずだ。現在、野生の研究者としての研究発表を公募している。なんらかの意味で自分が研究していると考えている人は、ぜひ応募してほしい。また、この人の研究発表を見てみたいという他薦も募集している。
また、山口情報芸術センター(YCAM)では、10周年記念事業として「LIFE by MEDIA 国際コンペティション」を企画している。これは、「メディアによるこれからの生き方/暮らし方の提案」を募集するものだ。たとえば、シェアハウスやノマドなど、メディアの登場によって仕事や生活スタイルが変化してきた事例がある。そのように暮らし方を変化させるようなプロジェクトの提案を募集する。審査員には私を含め、建築家・青木淳、コミュニティデザイナー・山崎亮など、これまでコミュニティデザインに関わる活動をしてきた方が参加する。ぜひ応募を検討してほしい。

●A3
ニコニコ学会βは、震災に対する影響で始めている。震災とその後に続く原発事故。そしてさらにその後のソーシャルメディア上の大混乱。これは日本の科学技術の敗北だったと言える。
完全に信頼を失ってしまった日本の科学をどう立て直すことができるか? 私は、これまで抱えてきた暗黙の前提を見直すしかないと考えた。従来の科学は「科学は専門家がやるもの」という暗黙の前提がある。これを「科学はみんながやるもの」に変えていくべきだろう。この観点から科学の世界を再構築することで従来とは違った科学の世界が見えてくるはずだ。これがニコニコ学会βが目指そうとしているものである。
もちろんそう簡単に実現できるものとは思っていない。粘り強く取り組んでいきたいと思っている。
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