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特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<

中島直人

●A1

ニューヨーク市、リー・クワン・ユー世界都市賞受賞

2012年3月、ニューヨーク市がリー・クワン・ユー世界都市賞(The Lee Kuan Yew World City Prize)を受賞した。この賞は、シンガポールの初代首相であるリー氏の功績をたたえ、優れた都市デザイン(the creation of liveable, vibrant and sustainable urban communities)の実績・功績を表彰するもので、2年に一度、厳格な審査プロセスを経て受賞者が選ばれる。2010年の第1回は、衰退した工業都市を知識産業経済の中心へと転換させたビルバオ市役所(スペイン)が授賞した。そして、2012年、第2回の受賞者となったのがニューヨーク市であった。その授賞理由には、2001年9月11日の悲劇からわずか10年の間に、ブルームバーグ市長の強いリーダーシップのもとで、都市を大きく変えて、市民に都市の未来に対する自信と楽観を取り戻させた、とある。今年の3月にシンガポールで行なわれた受賞記念講演で、ブルームバーグ市長は「この賞を受賞することはたいへんな名誉ということだけでなく、持続可能な開発やイノベイティヴなパブリックスペースに関するグローバル・リーダーというニューヨークのヴィジョンを確信することにもなった」と語っている。
9.11後の2002年に、経済金融メディア分野のグローバルトップ企業のブルームバーグ社でCEOを務めていたマイケル・ブルームバーグ氏がニューヨーク市長に就任してから10年が過ぎた。ブルームバーグ市長は現在3期目を迎えているが、彼の市政運営は、1970年代の市財政破綻以降、歴代市長が志向してきた「企業家都市」路線の一つの完成形である。1970年代以降、経済的、文化的に主流を形成してきたポスト工業化時代のエリート階級、つまりモントクレア州立大学で地理学・人類学を教えるジュリアン・ブラッシュ氏が著書『Bloomberg's New York』(2011)において整理しているところに従えば、TCC: Transnational Capitalist ClassとPMC: Professional Managerial Classの力が政治力に初めて転換され、生まれたのがブルームバーグ市政であった。市政運営の第一の目標は、何よりもこうしたエリートたちを惹きつけること。そのためには「アーバニズムそのもの、つまり都市文化、多様性、密度、コスモポリタニズムがセリング・ポイント」(Brash,2011)であった。
特にブルームバーグ市長のリーダーシップという点で特筆すべきは、「世界は半世紀前とは大きく違っている。われわれの競争相手は、もはやシカゴでもロサンゼルスでもない。それはロンドンであり、上海である。世界中の都市が、興奮とエネルギーを犠牲にすることなく、より便利で、より楽しくなるように努力している21世紀の経済において競争するために、他の都市のイノベーションに遅れをとらないことだけでなく、それらを凌駕していかないといけない」という考えのもとで、2007年に市長の直属チームが主体となって策定したニューヨークの都市ヴィジョンである「PlaNYC」である。「よりグリーンで、よし偉大なニューヨーク」をキャッチフレーズに、人口・雇用の回復・増加による税収増、1970年代以降積極的な投資がなされてこなかったインフラの大胆な更新、そして地球温暖化への対応を大きな目標として、具体的なプロジェクト、施策を並べ、明確なベンチマークを導入し、実行した。特に、ここ数年で、廃線になった高架貨物線を公園にリノベーションしたハイラインの第1期、第2期区間がオープンし、タイムズ・スクエアを中心としてブロードウェイの一部が自動車進入禁止となり広場化され、マンハッタンの対岸のブルックリンでは素晴らしい眺望を有するブルックリンブリッジ公園がオープンするなど、眼に見えるかたちで都市の姿が更新されてきていた。
今回の受賞は、そうした都市デザインの実績が高く評価されたものである。もちろん、新自由主義的な志向の強いブルームバーグの市政運営には、当然、さまざまな批判もあり、ここで功績として強調されているパブリックスペースに関して言えば、例えば社会的排除の観点から批判する言説、運動もある。しかし、私が2012年の夏、2カ月間のニューヨーク市滞在中に見たのは、ハイラインやブロードウェイといったマンハッタンの中心部、ブルックリンブリッジ公園のようなウォーターフロントなどのエリート層や観光客を意識したグローバル戦略としての使命を帯びたパブリックスペースだけでなく、マンハッタン、ブルックリン、クイーンズ、ブロンコス、スタテンアイランドの全域にわたって、BIDやNPOと組んで既存の道路空間を近隣レベルの中心となる歩行者空間、広場へと転換させていく公募提案型の「NYC Plaza Program」や、夏の週末に各近隣スケールのメインストリートや駅前の道路を通行止めにし、ベンチやパラソル、露店、ステージを設置し、路上での音楽やダンスを楽しむ「Weekend Walks」などの、小さな改変、実験の集積としてのパブリックスペースの再編、創出であった。それぞれの小さな広場で流れている音楽は、ニューヨークらしく、あるところではトラディショナルなロック、あるところではヒップホップ、あるところではレゲエといったように、各コミュニティのエスニックな多様性を反映していた。そこには、近隣が支え、使われるパブリックスペースの姿があった(ただ、正直、日本のお祭りのほうがその使いこなしは上手だと感じた)。
先述のブラッシュ氏は、グローバル企業のCEOであったブルームバーグ市長の市政運営が、単に企業やマネジメントの論理を特定の独立した政策領域に応用する、もしくはいわゆるビジネス的風土を高めていくといったレベルではなく、人事、組織、評価といったより具体的な実践に深くビジネス感覚を浸透させていくものであることを指摘している。とりわけ、NPOや大学などにいる専門家を積極的に市の重要ポジションに登用し、彼らの技術、能力を信頼し、任せるという人材登用の姿勢は明確である。例えば、上述の「NYC Plaza Program」や「Weekend Walks」を総括しているのは、市交通局のアシスタント・ディレクターのアンディ・ウィリーシュワルツ氏であるが、彼は2007年まではニューヨークを拠点に世界中に活躍の場を広げているNPO、Project for Public Spacesの元副ディレクターであり、ニューヨーク市に対して、パブリックスペースの充実を訴える市民運動の一翼を担う立場にあった。タイムズスクエアの広場化にはコンサルタントの立場で関わった。ニューヨーク市は、まず歩行者空間デザインに関しては世界の第一人者であるヤン・ゲール事務所に基本調査を含む基本戦略策定を依頼し、それをウィリーシュワルツ氏が市の担当者として受け止め、実際の施策へと展開していったのである。
コンテクストが特異な「ニューヨークだからできたことであろう」と指摘すること自体は間違いではないし、ブルームバーグ市政の非ボトムアップ的な志向性(ただし、上述したように近隣レベルでの施策は地域からの提案公募型である)に対する批判ももっともである。ただ、ニューヨーク市のここ10年の都市空間の再編は、2012年の都市を覆う閉塞感を打ち破る「都市」の目標、可能性のようなものを感じさせてくれるのは確かである。今、日本の都市に欠けているのは、「都市」のヴィジョンや可能性への信頼、希望、「都市」を使っていかに私たちの生活を楽しいもの、意味深い、意義深いあるものにするのか、その想像力である。リー・クワン・ユー世界都市賞をニューヨーク市が受賞したということは、実は日本だけでなく、世界の現代都市の多くが、21世紀の「都市」の目標と可能性を具体的に見出せていないという事態があるということなのかも知れない。私たちの「アーバニズム」=「都市」探求のために、今、ニューヨークを体感しておいて損はないと思う。

●A2

国土強靱化

政権が交代し、次の与党が公約でうたっていた「国土強靱化」が進むことになるだろう。人々の命を守るための公共投資は必要であるし、当面のデフレ脱却のために一定の効果があるようにも思える。ただ「強靱化」の中身やプロセスはこれから広く丁寧に議論されていかないといけない(まさか公共事業のばらまきではあるまい)。人口減少社会において、従来のような即地的な思考ではなく、即人的な思考のもとで、各地域で暮らす人々の価値観や実感に根ざし、守るべき人々の命の内実を豊かにする環境を生み出す方向へと国土を再編していくこと。建築や都市関係者の技術と感性が問われていると思う。

●A3

『建築雑誌』

個人的には復興の現場に有効に関わることができていない。2013年は力になりたい。ただ、後方支援もしくはこの震災の経験をどう広く、戦後日本が積み残してきた諸課題の表出として捉え、今後の糧にしていくのか、という視野においては、日本建築学会の『建築雑誌』の取り組みを紹介しておきたい(私も編集委員会の末席を汚している)。2012年1月号「前夜の東北」以降、2013年3月号までの予定で、東日本大震災をどう受け止めるか、さまざまな角度から課題整理、問題提起を続けている。復興の現場での課題を伝え(将来のために記録すること自体も使命である)、それらを解くための知を集めるとともに、都市や建築のこれからについての思考のインデックスを提供していきたい。
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