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特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<

中川純

昨年の夏、UCバークレーで開催された「Architecture. Energy. Japan. 2012(省エネルギー国際ワークショップ)」★1に参加した。日米の研究者、建築家が集まり、両国のエネルギーを供給するシステムの違いや、LEED、CASBEEといった省エネルギーに関する制度とその背景、最新のシミュレーション技術を使った設計手法、また環境を軸に据えた設計教育の方法論にいたるまで、広範な視点で議論が行なわれた。私も乾久美子さんが携われている延岡駅周辺整備事業で行なった樹木の影響を考慮した駅施設の環境最適化(逆解析)の設計手法や、WIZDOM★2で制作した環境や人間の行動に応答するadruinoベースのキネティックなシステムについて発表を行なった。

ワークショップの様子。年間の温度、風速、太陽軌跡等のデータからどこの都市かを当てるクイズに参加した

WIZDOMで製作したFloatingAgentsの基本システム

延岡駅の感度解析(アドバンスドナレッジ研究所、大阪工業大学と協同)

外部風速から開口を逆解析で求める(アドバンスドナレッジ研究所と協同)

このワークショップで学んだことは多岐にわたるが、とくに1982年からカルフォルニア州で導入された電力会社の売上と利益を分離するデカップリング制度★3は参考になった。まずはじめに基準となる電気料金の収入額(想定)を決めておき、実際の収入額が想定を下回った場合には電気料金を値上げして収入の不足分を電力会社に補填し、逆に気候の影響などによって電力需要が増えて収入が想定を上回った場合には電気料金を値下げすることによって需要家に還元するという制度である。電力会社にとっては電力を多く販売しても利益につながることはなく、むしろ発電のコストを下げるために発電所をつくらない方向にインセンティブが働くことになり、結果としてカルフォルニア州の民生部門のエネルギー消費量はオイルショック以降一定を保つことになった。スリーマイル島原発事故や第二次石油ショックによる政治のモードチェンジ、あるいは工業化社会からポスト工業化社会への転換も関係しているだろうが、政府主導の研究開発や補助金というトップダウン的な手法ではなく、仕組みをつくることによってボトムアップ的に社会全体のエネルギー使用量を減らしたことに衝撃を受けた。
デカップリングをはじめとした制度の違いは建築のデザインにも現われていたように思う。参加した建築家のテイストが偏っていただけかもしれないが、米国の建築家による環境を切り口にしたサステイナブルデザインは総じて加算的な印象を受けた。建築環境の技術は要素技術に分化することによって進化を続けてきた。熱の分野だけでも断熱、遮熱にはじまり開口のあり方や設備機器の選定など、細かく専門が分かれる。要素技術の進化は建築環境のレッドカードを減らすという意味では明らかに正しい。しかし要素技術を加算するだけでは建築の思考には達しない。サステイナブルデザインとは要素技術を疑うところから始め、これらの技術をサイトの固有性や歴史、また構造などを含めた総合的な視点から広い範囲で検証し、そこで生活をする人間を中心に据えてすべてを統合する行為だからだ。
2009年に策定された「トップランナー基準(住宅事業建築主の判断の基準)」★4は今年が達成年次と定められている。この基準は一般住宅にも拡張されてゆき、2020年にはすべての建築に省エネ基準が義務化★5される予定である。水面下では要素技術の認定作業が進んでおり、これらの認定の積み上げだけで基準をクリアーできるような仕組みになる。エネルギー消費に対する建築の割合は大きいので、この制度はかなりのインパクトを持つことになるだろうが、要素の加算をベースにした技術指標は建築のデザインにどのような制約をもたらすのだろうか。デザインと技術の関係について、2004年の秋に東大で行なわれた「技術と歴史研究会」での石山修武先生の発言が深く印象に残っている。

──バックミンスター・フラーのドーム理論には文化がないんですね。でもね、フラーのジョイントをヤスリで削る人間が出てきて初めてそれが文化になりデザインになった。つまり、ドーム理論のような原理自体をヤスリで削り、そこに新たな手を加えることがデザインであり、それは理論の枠組みを変えることを意味しているんです。

日本の民生部門のエネルギー消費量はオイルショック以降2.5倍★6に増加していることを考えると、省エネの義務化は建築業界全体をボトムアップするためにも必須である。この技術指標にヤスリ代が考慮されるかどうかはわからないが、デザインと技術の関係についてはより深い思索が求められることになると思われる。

★1──Architecture.Energy.Japan.2012。東日本大震災および原発事故をきっかけにDanaBuntrock教授が企画。日本の研究者、建築家に向けてポリシーとテクノロジーのレクチャーが行われた。
URL=http://ieas.berkeley.edu/cjs/events/2012.08.05w.html
★2──早稲田大学の情報理工学科、表現工学科、建築学科、総合機械工学科、表象メディア専攻などを中心としたDigital-Oriented Manufactureのための学際的な工房プロジェクト。
URL=http://www.wizdom.cs.waseda.ac.jp/
★3──デカップリング制度
URL=http://www.energy.ca.gov/commissioners/rosenfeld_docs/INNOVATIONS_Fall_2009_Rosenfeld-Poskanzer.pdf
★4──住宅事業建築主に対して課せられる省エネルギー性能の基準。新築する住宅の外皮および空気調和設備等の性能に基準を設け、目標年次に新築・販売する建売戸建住宅全体の平均の省エネ性能が基準を満たすことを求めた。基準達成率が100%を下回った場合は社名公表等が行なわれる。
URL=http://ees.ibec.or.jp/
★5──住宅・建築物の省エネ基準適合義務化
URL=http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004688/002_02_02.pdf
★6──出典=資源エネルギー庁「日本のエネルギー2010」
URL=http://www.enecho.meti.go.jp/topics/energy-in-japan/energy2010.pdf


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