ENQUETE

特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<

服部浩之

●A1

山口という都市の半公共空間(セミパブリックスペース)

数年前まで山口に暮らしていた。青森に拠点を移した現在も年に数回は訪問している。その土地への思い入れや、友人知人が多くいるということもあるが、とても居心地よい半公共空間が存在するためだ。「半公共(セミパブリック)」というのは、基本的に人が暮らす家だから。もっと詳しく言うと、そこはもともと僕が住んでいた家だ。2007年にシェアハウスとして僕らが住み始めて以来、時間をかけて少しずつ開かれていき、Maemachi Art Center(MAC)★1という名前が冠されてからは、さらにパブリック感が強くなった。
現在はMACでは、住人以外がMACを積極的に活用したイベントを立ち上げ、地域の公民館のような存在となり、そこに大きな魅力を感じる。たとえばMACでのイベントに参加していた子育てをする女性たちが、「日常を美しく創造的に考えていく」ためにライフ&イートクラブ★2という任意団体を設立し、アートに寄り添い市民活動を展開しているのだ。MACは彼女たちの活動の拠点になっている。立ち上げてまだ3年に満たないが、資金が必要な場面では地域の助成金を獲得し、独力で多様な活動を展開している。僕も年に1回はライフ&イートクラブ主催のワークショップに講師として声をかけてもらい、「食とアート」の接続を試みている。もと自分の家に、プロジェクトのために呼んでもらえるのはなんともありがたい。自立した楽しい活動を展開する人が多数暮らす街には、やはり大きな魅力がある。また、アートに出会ったからこそ彼女たちの現在の活動があって、そのきっかけを公立の美術館ではなく街の小さな一軒家が生み出したという事実は、これからの公共空間のあり方を考える大きなヒントになると考えている。
ちょうど2012年1月にアサダワタルによる『住み開き──家から始めるコミュニティ』という本が出版された。「自宅の一部を博物館や劇場、ギャラリーに。廃工場や元店舗を改装してシェア生活。無縁社会などどこ吹く風! 家をちょっと開けば人と繋がる」という謳い文句のもと、日常生活の一部分を開くことでパブリックな空間を生み出した事例が紹介されている。そのさきにどのような未来が開けるのかはわからないが、山口MACを含めてこのような小さな公共の場は今後も増え続けるだろう。

Maemachi Art Center (MAC)、外観

ライフ&イートクラブによるワークショップ「DIY Cooking Animation」

そして山口情報芸術センター(YCAM)の教育普及展「glitchGROUND」のために生み出された《コロガル公園》も都市における公共空間を語るうえで忘れられない存在であった★3。山口MACの現住人であり、エデュケーターの会田大也が所属するYCAM教育普及チームが中心となってつくりあげた展覧会で、アートセンター内にメディア・テクノロジーを駆使したフィールド・アスレチック《コロガル公園》を出現させた。高低差や緩急の差が激しい人工地形をつくり、子どもたちの行為に反応するように各所に音や光による仕掛けが組み込まれている。アートセンターのなかで子どもが思いきり走りまわっているだけで十分面白いが、子どもたちは遊ぶことを通じてテクノロジーやアートの持つ創造性に出会う。室内でテレビゲームに向かう感覚で、身体を用いて遊び、学ぶ。《コロガル公園》の音や光の環境は、子どもたちとのミーティングを通じて何回かアップデートされたそうだ。展覧会のサブタイトルに付されたように、まさに「メディアアートセンターから提案する、新しい学び場環境」だ。当たり前だが、公園は都市において誰もがアクセスできる公共の場である。人が集まる性質を元来備えた「公園」という場を、アートのための展示空間に作り出してしまう行為の鮮やかさ。メディアアートセンターだからこそ実現できる創造体験を生み、なおかつ多数の来場者まで獲得する。アートセンターの公共性を拡張する展覧会であった。
山口は小さな都市だけれども、草の根の市民活動と行政の事業が有機的に絡み合い、豊かな暮らしをつくることができる大きなポテンシャルを備えた都市なのだ。

《コロガル公園》
提供=山口情報芸術センター[YCAM]

★1──Maemachi Art Center(MAC)
URL=http://maemachiartcenter.posterous.com/
★2──ライフ&イートクラブ
URL=http://lifeandeat.posterous.com/
★3──glitchGROUND(山口情報芸術センター(YCAM)、2012年5月19日〜8月12日)
URL=http://glitchground.ycam.jp/

「Skylines With Flying People」──ハノイでアートセンターをつくる試み

もうひとつはベトナムのハノイで参加した「Skylines With Flying People(SWFP)」というプロジェクト★4。ベトナムは観光で訪れるには、気候が温和で食べ物がおいしいく、無数のバイクで溢れるエネルギッシュで自由な国と感じられるのではないだろうか。また、無秩序なようでじつは意外と合理的な「乱調の美」とでも言えるような不思議な秩序が存在することにもすぐに気付くだろう。ただ、忘れてならないのはベトナムが社会主義国であること(現地の人は皮肉を込めて共産主義国[Communist Country]という言葉をよく使う印象がある)。展覧会ひとつ開催するにも国の検閲を受け許可を得なければならない不自由さがある。しかしながら、普通に暮らしていくぶんには特に不自由なことを感じることもないようで、多くの人々はのんびりしているように見受けられる。ただ、国の制度や政治に疑問を抱いたり、新しい出来事を起こそうとすると、途端に自由をもがれてしまう国でもあるというのが、今回のプロジェクトに参加して感じたことだ。つねに現状に疑問を持ち、新しい環境を切り開こうとするアーティストにとっては、なかなかハードな環境であろう。SWFPはそのような状況下のハノイでテンポラリーではあるがアートセンターを立ち上げるプロジェクトだ。会場はベトナム日本文化交流センターで、そこに1カ月限定のアートスペースを立ち上げた。空間づくりは建築家の野田恒雄★5が担当した。非常に限られた予算のなか運搬用パレットを用いて原状復帰可能な大胆なリノベーションを施し、創造性を刺激される素敵な空間を生んだ。
ギャラリー、共同スタジオ、キッチン、そしてイベントスペースなどが準備され、そこに約3週間アーティストたちが入居し、作品を制作し、カフェを運営し、イベントを実施し、展覧会を開催しと、現在進行形でさまざまなイベントを勃発させながら生きたアートのための場を展開した。僕は、その一部としてトゥアン・マミ(Tuan Mami)というアーティストとのコラボレーションにより「Mami Art Center(MAC Hanoi)★6というスペースをつくり運営した。毎日ゲストを招いてトークイベントを開催し、その記録をウェブサイト★7に日本語、英語、ベトナム語でアーカイブした。将来このプロジェクトが、ベトナムの現代アートの歴史において重要なものとして参照された際に、史料的価値を発揮できればと願っている。
会期中にはさまざまなハプニングが発生した。申請通りに事業が執り行なわれているかチェックするため、私服の警察官が会場を何度も訪れていた。案の定、申請書には書かれていなかったものが展示作品に加えられていることが判明して急遽展示変更を余儀なくされたり、申請しても許可が得られず展示できない作家もいた。MACのトークに招いたコミュニティベースのプロジェクトを展開するアーティストは、Facebookやメールもすべて監視されていると言う。自分のアカウントから知らぬ間にメッセージが送られたり、連絡先が削除されるなどは、よくあると言っていた。さまざまなコントロールがそこにあることを、数週間の滞在で実感した。深く考えないで与えられたレール上にいるなら特に不自由なことはないが、いざ独力で新しい出来事を起こそうとすると無数の障害を乗り越えなければならない。そんな当たり前のことに、とても意識的になれた日々であった。
SWFPは2013年1月6日で終了したが、現在もMAC HanoiはSWFPメンバーの手で継続されている。そして彼らは今年、共同スタジオを立ち上げるという。今後もハノイの動向に注目したい。

Skylines With Flying People(左=メディアラボ/右=中庭での集合写真)

Skylines With Flying People会場の中庭の様子
撮影=野田恒雄

Mami Art Center (MAC Hanoi)でのトークイベント風景

★4──Skylines With Flying People(SWFP)(国際交流基金ベトナム日本文化交流センター、2012年12月4日〜2013年1月6日)
URL=http://jpf.org.vn/jp/2012/12/01/skylines-with-flying-people/
★5──野田は福岡で「紺屋2023」という、「未来の雑居ビル」をテーマにさまざまな業種のクリエーターたちが入居し創造的な活動を展開する建築の企画運営を手がけている。SWFPの企画者であるグエン・フォン・リンが、2011年に福岡に滞在した際に紺屋2023を訪れ刺激を受けて、今回のアートセンターのリノベーションデザインを依頼したという経緯がある。
★6──Mami Art Center(MAC Hanoi)
URL=http://machanoi.posterous.com/
★7──Skylines With Flying People(SWFP)
URL=http://swfp.org/s/

●A2

日本ASEAN交流40周年記念メディアアート展(仮)

昨年から取り組んでいる東南アジア4カ国を巡回する、メディアアートをテーマとする展覧会が、今年9月からスタートする。国際交流基金が主催するもので、日本、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、ベトナム、タイからの総計13名の大所帯のキュレーションチームで取り組んでいる。メンバー全員が離れた場所に暮らすため、基本的に直接顔を合わせることができない。そのため、各種メディアを駆使し、独自のコミュニケーションの方法を設計しながら進めている。展覧会をつくりあげる過程自体がすでにメディアとの関わり方を考えるものになっている。巡回展と書いたが、各都市で現地のプロジェクトやフェスティバルなどと協働したりと、その場所に応じた作り方をするため、パッケージをつくってまわすという類いのものにはならないだろう。複数の異なった状況の都市を旅する展覧会を各都市でいかに実現するか楽しみだ。

●A3

3.11とアーティスト──進行形の記録

水戸芸術館で昨年12月まで開催されていた展覧会★8。作品と呼べるものはほとんどなく、震災後にアクションを起こしたアーティストたちの活動の記録が公開されている。現在もその活動を継続しているアーティストは多いようだ。この展覧会を見て、自分がすでに震災のことを忘れようとしていることに気付きはっとした。日常が一瞬で終わるという強い衝撃を経験し、当たり前の日々の継続のありがたさを感じたはずなのに、いつのまにかその意識も薄れ、当事者であるという自覚を失いつつあることに驚いた。
展覧会にはスペクタクルも非日常のアート作品もなかったが、博物館を思わせるような手法でアーティストたちの行為の記録が丁寧に陳列された空間に没入した。assistantによる、半透明のやわらかい膜の曲面壁で大胆に間仕切った構成も効果的であった。カタログは作家へのインタヴューに大きなヴォリュームを割き、そもそも彼らの行為自体を記録し残すことへの意識を強く感じた。リングファイルというフォーマットも、まだまだ終わらないということを明示している。美術館という場のあり方を再考する行為としても印象に残ったし、忘れてしまうことの怖さをこの時期に実感し、自分も当事者であることを再確認できた。まだなにも終わっていないのだった。

3.11とアーティスト:進行形の記録
3.11とアーティスト:進行形の記録

★8──3.11とアーティスト:進行形の記録(水戸芸術館、2012年10月13日〜12月9日)
URL=http://arttowermito.or.jp/gallery/gallery02.html?id=331


INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引 『10+1』DATABASE
ページTOPヘ戻る