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特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<

平瀬有人

世界の建築スクール展 ETHスイス連邦工科大学の建築教育──Peter Märkliのスタジオから

2012年5-6月、ETH-Z(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)の建築教育を紹介する展覧会がギャラリーエークワッドで開催された★1。2002年から2012年までのピーター・メルクリのスタジオの学生作品が紹介されている。学期によって課題の内容はさまざまだ。アノニマスな建物の増築計画や都市の高層ビル計画、山岳建築の計画、歴史的建築物の改修計画、イタリアロマネスク古典建築の増築などなど。課題設定はさまざまであるが、時代をやすやすと超えながらも学生の設計した建築がどのような視点を都市の構造や地形・場所へ投げかけ、さらにどのような表現が為されているか、建築が世界やその歴史のなかでの存在を問う、貴重な対話の成果なのだ。建築の学生課題とは、学生が世界に投げかける表明のトレーニングなのだということを改めて感じさせる貴重な機会だった。

★1──世界の建築スクール展 ETHスイス連邦工科大学の建築教育(WORLD ARCHITECTURE SCHOOLS Design Teaching at ETH)──Peter Märkliのスタジオから(ギャラリーエークワッド、2012年5月11日〜6月28日)
URL=http://www.a-quad.jp/exhibition/051/p01.html

「世界の建築スクール展」展示風景
筆者撮影

ロマノ・ヘニ氏の一連の作品

今夏、バーゼルを再訪した際に親しいデザイナーの紹介でタイポグラファ/デザイナー のロマノ・ヘニ(Romano Hänni)氏★2のアトリエを訪問した。氏は活版印刷の第一人者とも言えるデザイナーで、正統的な活版印刷の伝統と技術を尊重しながらも、いわゆる「スイス・タイポグラフィ」「スイス・デザイン」の実験的アプローチを継承する斬新な手法で制作に臨んでいる。自身の思考を統合し伝達するための素材として鉛活字を用いて、政治・社会的な内容を展開する作品をつくっている。これはまさに私にとって都市や建築を、物理的な「マテリアル」というフィルターを通して再考する、とても共感できるスタンスなのである。

★2──ロマノ・ヘニ氏は1956年にスイスのバーゼルに生まれる。1973年から77年に植字工としての修養を績んだ後、バーゼル・スクール・オブ・デザイン(バーゼル工芸学校/現・バーゼル造形芸術大学)でタイポグラフィ及びグラフィックデザインを学ぶ。1980年に自らのスタジオを設立。『アート・バーゼル』(1982-96)や『バーゼル新聞』(1983-2003)などのデザインを行なう傍ら、自身の印刷工房で活版印刷による本を制作してきた。

Romano Hänni, 27 years of hote type: Handprinted Books 1984-2010

ロマノ・ヘニ氏の1984〜2010年にわたる400以上の作品紹介とSwiss Typographic Magazine (TM)誌上で1992年と2010年に特集された作品の制作過程やワークショップの模様を紹介している。活版印刷とオフセット印刷を統合した60部限定の貴重な作品集。

Romano Hänni, 27 years of hote type: Handprinted Books 1984-2010, Romano Hänni Verlag, 2011.

《モンテローザ・ヒュッテ》(スイス、2009)

ようやく今夏に、かねてより興味を持って研究を進めていたスイス・ツェルマットにある山岳建築《モンテローザ・ヒュッテ(New Monte Rosa Hut SAC)》への視察が実現した。標高2,883mに立地するこの山小屋の建築は、コンピューテーション・デザインによる構造・環境・施工をインテグレートした世界で最先端の山岳建築のひとつだと思われる。今後は運用面でのリサーチを進めていきたいと考えている。最寄り駅から平坦な道のりを1時間ほど歩くと遠くに光り輝く《モンテローザ・ヒュッテ》を見つけ、そこからヒュッテを見ながらクレバスの氷河の上をアイゼンを付けて徒歩4時間ほど──というハードな旅程ではあったが、それにしても建築とは辿り着くまでのトータルの景域のなかでのありようなのだなと改めて実感した。



New Monte Rosa Hut SAC, Zermatt, Swizerland, 2009.
筆者撮影

Let's Timberize in 九州展──木の新しい可能性を探る★3

日本全国スギダラケ倶楽部の活動をきっかけに、かねてより関心のあったティンバライズ展(NPO法人team Timberizeによる木造建築の新しい可能性を探る展覧会)を中心とした木の新しい可能性を探る展覧会が開催され、研究室として仮想都市木造プロジェクトを出展した。私たちは木を用いた新しい木質建築の可能性を探る提案を行なったのだが、たんに木を用いることで暖かみのある情緒的な空間をつくりだそうとしたわけではなく、現代の技術があるからこそできる新しい普遍的な建築の提案につながらないかと考えた。近年、LVL(単板積層集成材)による2m角の木ブロックをつくりだすことが可能であり、そうしたソリッドな木の塊を積層させることで、まるで蟻の巣のような掘削した造形が新たな機能の関係性を生み出すのではないかと検討を進めた。デザインのスタディには3Dを用い、線・面の構成ではなかなか辿り着けない量塊の空間ができたのではないかと考えている。コンピューテーショナル・デザインとまでは言わないが、柱・梁による線のイメージの木の建築とは異なった新しい姿の提案をまとめることができた。ログハウスの壁がそうであるように、木の塊は断熱などの環境制御性能も期待できる。まだまだ技術的な検証は必要だが、将来の実現化へ向けてさまざまな検討を進めたい。

★3──Let's Timberize in 九州展──木の新しい可能性を探る(アイランドシティ中央公園ぐりんぐりん、2012)
URL=http://arch.tec.fukuoka-u.ac.jp/timberize/

Let's Timberize in 九州展風景。平瀬研究室《木と光の積層》
筆者撮影

太宰府天満宮・竈門神社新社務所(太宰府、2012)

福岡・太宰府天満宮にある竈門神社は2013年に千三百五十年大祭を迎えるにあたり、社務所及び参集殿の新築を行なった。神社建築は種村強氏、授与所は片山正通氏、屋外ベンチはジャスパー・モリソン氏のデザインによるものだ。太宰府天満宮は、2006年からアートプログラムを開催し、歴史の記憶を残す太宰府の地から新しい芸術文化の可能性に挑戦している特徴的な天満宮の総本宮である。今回の計画のなかで、とりわけ片山正通氏による授与所(お守りお札を授与する場所)のデザインには、商業デザインにはない清々しさと、うまく言語化できないが今後の日本の熟成社会への新しいデザインの可能性を感じることのできた機会であった。

太宰府天満宮・竈門神社新社務所
筆者撮影

●A2

隈研吾《筑後広域公園芸術文化交流センター》(2013)

2013年春竣工予定の隈研吾氏による筑後広域公園芸術文化交流センター。10月に現場の見学に訪れたのだが、とりわけ図書コーナー前のホワイエ空間に日本的ではない場の創出が為されていたところに興味を持った。北欧現代建築のもつ艶やかな素材感と柔らかさのある空間と出会えたのは、いままで日本の公共空間では感じたことのない収穫であった。竣工したときにこうした表層的ではない落ち着いた空間がどのように全体に作用するのか、楽しみにしている。

『模型で考える──マテリアルとデザインのインテグレーション(仮)』(2013予定)

日本の建築教育や設計の現場でつくられるモデルはスチレンボードによる白模型がほとんどであるが、こうしたスタディからは抽象的な面の構成以上の発想にはつながらないことが多い。マテリアルとデザインはインテグレートされるべきものであるはずなのに、面の構成にあとから素材を貼り付けるといういわばハリボテ建築ではない、マテリアルから展開する建築のありようはないだろうかという視点から書籍の刊行を企画している。石膏・油土・木材・紙・金属・樹脂といった素材をどのように結構(tectonic)、構成(composition)するか。たんなる教科書的な視点を超えた新しい模型論を展開したいと考えている。

KFGプロジェクト(2009-)

以前のアンケートにも掲載したが、明治中期創業の酒蔵をギャラリーに改修するプロジェクトを進めている。2012年春にはオフィスの改修と家具デザインを行なったが、2013年は鉄骨造の蒸米所の整備を行なう予定である。既存の構造体を活かしつつ、新しい造形をまとうことで新旧の温故知新とでもいうようなアーキテクチャー・インターベンション(建築的介入)の可能性を模索し、新旧が対峙する空間を創出したい。

KFGプロジェクト(2009-)
筆者撮影

コンピューテーショナル・デザインと立体折紙──「132 5. ISSEY MIYAKE」ほか

コンピューテーショナル・デザインにはさまざまな可能性が感じられるが、そのなかでも特に普遍的な造形ながらも組み合わせや接点を変えるだけで見たことのない造形をつくり出す操作に興味を持っている。例えば舘知宏氏(コンピューテーショナル・アーキテクト/折紙工学者)による建築折紙の研究。三谷純氏(コンピュータ・サイエンティスト)による立体折紙の試行。あるいは三宅一生氏による「132 5. ISSEY MIYAKE」。三谷氏によって作られた立体造形を、独自にたたむ事で平面にした革新的な"一枚の布"の服。正方形にたたまれた布を真ん中から持ち上げてみると、少しずつ角度を変えながら折の一層一層が立ち上がり、一枚の布が、一枚の服へと変わる。また、スイスの建築家ローカル・アーキテクチャーの《チャペル・デ・サン=ルー》はその建築的実践と言えるだろう。

三谷純《Relief of a surface》
© Jun Mitani

舘知宏《剛体折紙廊》
引用出典=http://www.flickr.com/photos/tactom/4115805713/in/photostream



「132 5. ISSEY MIYAKE」
提供=三宅デザイン事務所 Reality Lab.、URL=http://mds.isseymiyake.com

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