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特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

明貫紘子

震災と原発事故に対して、その記録を後世に残そうとするデジタルアーカイブに関する動きは、政府、研究所、民間の写真/動画共有サービス、被災地の美術館等施設、個人の草の根的な活動等さまざまなレベルで展開された。また、震災直後からソーシャルメディアによって個人が発信した膨大な写真、映像、テキストなどが「未曾有の出来事」を記録したショッキングな資料として注目を集めた。

震災の記録とその保存をめぐる活動は、昨年度から行なわれている「文化庁メディア芸術デジタルアーカイブ事業」の一環で、筆者が従事するメディアアートのアーカイブ研究に引きつけてみても興味深い。なかでも2011年5月にハーバード大学エドウィン・O・ライシャワー日本研究所が立ち上げた「2011年東日本大震災デジタルアーカイブ」★1は大きな示唆を与えてくれる。本デジタルアーカイブはオンラインベースで震災や原発事故に関連するウェブサイトの集約、個人体験談の募集と共有、政府/研究所やgoogleなどが提供する地理空間情報のマッピングなどを行なっている。さらに、将来的には多様な資料の収集と他のデジタルアーカイブ・プロジェクトが保有する資料のクロス・レファレンスを可能にし、ユーザがメタデータの追加やパーソナル・コレクションを作成して公開できることを目指すという。
本アーカイブで扱われている(扱おうとしている)要素は、出来事性の高いメディアアートを記述するための要素と類似する。メディアアートのデジタルアーカイブは写真、映像、音声、図面などデジタル化された多様な資料をたんに蓄積/保存するだけではなく、編集作業が想定されたデジタル・パブリケーションともいえる役割を担い始めている。メタデータ、膨大な形式があるオーディオビジュアル・データのスタンダード、著作権ポリシー、閲覧用インターフェイス、クロス・レファレンス、アーカイブ資料の活用手法などが課題となっている。その意味で、本アーカイブが目指す役割や開発しようとしている閲覧用インターフェイスは、オンラインが主流になってきているメディアアートのデジタルアーカイブにとって参考になる点が多い。
メディアアートのデジタルアーカイブでは、「2011年東日本大震災デジタルアーカイブ」のような総合的に展開が行なわれている事例は見つからないが、筆者が調査対象にしているメディアアートの記録保存の先行事例をいくつか紹介する。

まず、クロス・レファレンスを目的にした組織コラボレーション型の事例として、「Gateway to Archives of Media Art(GAMA)」★2、「Mediaartbase.de」★3、「Open Archiving System with Internet Sharing(OASIS)」★4などがある。いずれもオンラインベース。GAMAは、欧州19カ所の文化施設が保有する10,000作品以上のデータを集約して閲覧できるプラットフォーム。Mediaartbase.deはドイツ国内の4組織のデジタルアーカイブで、EUにおける文化遺産のデータポータルサイトであるEuropeanaとの連携も視野にいれて構築が進められている。コラボレーション型をいち早く取り組んだOASISは、残念ながら現在は積極的に活動していないが、アーカイブの活用を目的にしたキュレトリアル・ツールやメタデータの研究成果は評価できる。
つぎに、多様な資料を包括的に管理するデジタルアーカイブ事例では、1981年に設立されたメディアアートのイベント企画、研究、出版などを行なうV2_(オランダ)が運営する「V2_arhive」★5がある。データのカテゴリーは、「Events(展覧会、フェスティバル、レクチャー、ワークショップ等)」、「Works(作品)」、「People/Organizations(個人と組織)」、「Articles(小論文、インタビューなどテキスト)」などで構成される。それらに加えて「Media(写真、ビデオ、PDF、音声等のファイル)」が独立して設定され、カテゴリーごとに関連する写真や映像が組み込まれるようになっている。また、各データがフレキシブルに組み合わせられて表示されたり、「Related items」が右側のテーブルに列挙されるので、ユーザーの関心に添ってアーカイブを掘り起こすことができる。運用面では、告知用に用意したデータが自動的にアーカイブされるので手間が最小限に抑えられ、CCライセンスされたコンテンツが多いため運用コストが低い。さらに、システムはオープン・ソースなので配布可能だそうだ。導入例にアート&インダストリアル・クリエイション・センター「LABoral」★6(スペイン)がある。
最後に、データマッピングの試みを紹介する。2006年から2009年までThe Ludwig Boltzmann Institute Media.Art.Research(リンツ、オーストリア)が美術史研究プロジェクトの一環として実施した「Information Visualization of Media Art Archives」★7では、1979年から開催されているアルス・エレクロニカ・フェスティバルに関するアーカイブスのデータを中心にビジュアライズした。インタラクティヴアート部門の受賞作品(1990-2009)を作品形態やテーマごとに分類した「Elastic Lists of Interactive Art」や、フェスティバル審査員の志向や相関関係を示した「Media Art as Social Process」は興味深い。どれも進行形のデータをアップデートできる仕組みではないが、長い歴史を持つ同フェスティバルのアーカイブの入口として機能する。同様に、「2011年東日本大震災デジタルアーカイブ」が注力する地理空間データのマッピングは、集約されたアーカイブ情報をビジュアライズして地図上に表示させており、豊富な情報を俯瞰することができる。これらの事例は、現在、筆者が従事している「ふくい国際ビデオ・ビエンナーレ」(1985-2000)の調査を通して関心が高まった、メディアアートの地政学と人物の相関関係のマッピングなどの研究へ応用できるのではないかと考える。

残りにくい「出来事」を扱うデジタルアーカイブの役割は、ユーザーが過去に起きた出来事のリアリティを経験できる、あるいは探し出せるような環境を提供することなのではないかと考える。インターフェイスは、デジタルアーカイブに対する新たな視座を開き、現在と未来において過去の出来事を歴史化していく作業を補完するものでなければいけない。私たちが直面した震災や原発事故は、かつてない膨大で多様な記録資料によってどのように歴史化されていくのだろうか。震災と原発事故のなにをいかに記録して残すべきかという課題に注目しながら、デジタルアーカイブに潜在する、出来事の証言にとどまらない生産的な可能性について模索していきたい。

★1──http://jdarchive.org/
★2──http://www.gama-gateway.eu/
★3──http://mediaartbase.de/
★4──http://www.oasis-archive.eu/
★5──http://www.v2.nl/
★6──http://www.laboralcentrodearte.org/
★7──http://vis.mediaartresearch.at/


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