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特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

戸田穣

「3.11」という表記がなんとなく気に入らないので今回の震災の経験を、と言い直したいのだけれど、それに対してわたしが専門家として対応したり、なにかに転化しえたかと言えば、そのようなことはなくて、被災者でもない一生活者としての経験に過ぎなかったように思う。たしかに数カ月は正気を失っていたし、幾人かの近しい人とコンフリクトを起こしたりもしたけれど、いまのところ、わたしにとって今回の災害は、それ以前から考えていたこと、思っていたことともう少し真摯に向きあう契機であるべきではないのかというあたりの実感に落ち着いて、だからこそいま平穏に、これまでと同じような不安とともに日常を生きている。自分の庭を耕さねばならない。

『建築雑誌』2010-2011

そのことを痛感したのは、この一年のもっとも大きな経験だった日本建築学会『建築雑誌』編集委員会への参加だった。これまで西洋建築史という学会のなかでも最小といってよいだろう世界の中におり、かつ博士課程のほとんどをフランスで過ごしたこともあり、ほとんどもぐり同然で建築界の隅にいたわたしが、学会に文字通りもぐりこんだわけだ。中谷礼仁編集長にはひたすら感謝している。産学官問わず各分野の専門家が老若男女集い、2-4名の委員が各号を担当するのだが、しかし毎回の会議の出席率は高く、担当者任せにすることもなく、きわめてオープンかつ率直に語り合う場は、末席に連なり耳を傾けているだけで蒙を啓かれること幾度となく訪れ、とても刺激的だった。専門性を極めた一人ひとりの発言の背後に、あるいは裾野に、それぞれの建築観が広がっているのが実感された。2011年2月号「建築論争の所在」を特集しながら、漠然と西洋建築史の所在やみずからの所在を省みたりもした。

『建築雑誌』2011年2月号(特集=建築論争の所在)

建築アーカイブズ

2011年、近現代建築資料館(仮称)について報道がなされた。近現代建築資料館(仮称)がどのような施設として動きだすのか。具体的な運営計画については、いまだわからないので見守るしかないが、パブリックな建築アーカイブズをもたない日本にとっては、大きな一歩だと思う。建築保存や建築史研究者だけでなく、広く関心が共有されればと思う。わたし自身のこれまでの歩みが建物保存や建築資料保存といった活動と重なるわけではないが、歴史研究者としてアーカイブズを使う側にいるうちに、日本における建築資料保存のあり方に意識をもつようになった。日本建築学会の建築歴史意匠委員会・建築アーカイブズ小委員会では、主査の山名善之先生(東京理科大学)を中心に議論を重ねている。
現在、日本の建築資料は、日本建築学会の建築博物館や国立国会図書館や、その他公文書館に収められた資料を別とすれば、その多くが全国の大学や個々の事務所で収集・保管・整理がなされている状況である。そして、その多くは非公開だ。国立施設の設立をきっかけに、こうした全国に点在する個々の建築コレクションのあいだで情報の共有が進むことを期待したい。とくに資料整理に際するメタデータの取扱いを統一し、資料の相互検索システムが実現されればと思う。
昨今アーカイブズ流行りではあるものの、個人的な印象で申し訳ないが、少し前には建築界の人に「アーカイブズ」というと「デジタル?」という応答がすぐさま返ってくることが多かった。また、そのイメージは、アーカイブズと言うよりも、どちらかというとミュージアム的であったりする。建築資料の特性・役割をどこに求めるかはさらなる議論が必要だと思うが、資料のデジタル・データ化は先の話であって、まずは紙を相手にコツコツと整理を進めていかなくてはならない。建築資料は膨大であり、巨大でもあるので、その資料整理には相応の時間と人手がかかるし、なによりもスペースをどれだけ確保できるのかが重要だ。基本的に地味な世界なので、気長に、しかし関心を絶やさぬよう少しずつアウトプットも続けながら、進んでいくことが大事ではないかと思う。

最後に

この一年は東京から金沢に移住したりと大きな変化があり、研究も捗らなかったが、ひとつ、大きな区切りはこれまで2年に亘って続けてきた内田祥哉先生への聞き取りが一段落したことだ。権藤智之氏(日本学術振興会)、平井ゆか氏(内田祥哉建築研究室)とともに住総研の研究助成を得て行なっている建築構法学史研究である。内田先生への感謝をかたちにするためにも、2012年はまとめの作業を一刻も早く進めていきたいと思っている。内田祥哉先生の父内田祥三については村松貞次郎による長い聞き取りがあり、草稿のまま残されていたものが『東京大学史紀要』に「内田祥三談話速記録」として8回に亘り掲載されていて、親子二代の建築学者のオーラルヒストリーが並ぶことも意義あることではないかと思う。昨年の本アンケートに寄せた原稿も、内田祥哉オーラルヒストリーも、戦後第一世代へのわたしの関心のひとつである(ちなみに内田先生と下河辺淳氏、故大髙正人氏は同級生だ)。昨年アンケートにも書いたが、留学してなければ、という思いも強いが、またそれも別の話としよう。
いかんせん、4月からの生活のなかで、東京からの距離やら、時間の制約やら、いろいろな条件の下でこれからどうやって生活を組み立てていくかというのが、切実な課題であって、おおよそ他のことに眼を配る余裕がなかったのが正直なところだ。ネットを通じて、さまざまな情報を集めてもいるが、ではセシウムという元素名やベクレルという単位が、いったいどういった意味をわたしにとってもつのかという理解もないままに、なにか言質をとるかのように(しかし誰から?)日々積み重なっていく震災関係の書籍を読む暇もないまま、ただ恨ましく眺める年の瀬である。

○日本建築学会図書館デジタルアーカイブス=http://news-sv.aij.or.jp/da1//
○日本建築学会 建築関連アーカイブリンク集=http://www.aij.or.jp/jpn/databox/2009/achivelink.htm
○DAAS 建築・空間デジタルアーカイブス(国内の建築アーカイブリンク)=http://www.daas.jp/
○京都工芸繊維大学美術工芸資料館=http://www.cis.kit.ac.jp/~siryokan/main.html
○JIA-KIT建築アーカイヴス/金沢工業大学建築アーカイヴス研究所=http://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/archi/index.html


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