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特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

林憲吾

●A1
東日本大震災は、自分にとっての画期にすべき出来事である。もちろん、震災の途端にこれまでの生き方や考え方が適用不可になるわけではないし、3.11以前と以後で、社会のあらゆる前提が変わってしまったような言説が氾濫し、それに疑問を感じたのも事実である。にもかかわらず、「画期とすべきだ」というのには、僕自身の3つの予見の甘さによっている。
ひとつ目は、アチェの津波を日本にひきつけて考えられなかったこと。ここ最近で、世界が津波の脅威を体感したのは、スマトラ島沖地震であったろう。当時インドネシアに滞在していたこともあり、アチェでの津波の映像を再三再四見ていたし、実際にアチェで壮絶な被害を目にして、津波の脅威を思い知った。しかし、「TSUNAMI」が、世界共通語になっていく過程で、当時は日本の状況を問うよりもむしろ、日本は津波対策の蓄積が豊富だと僕自身は勝手に思いこんでいた。また、今回の津波の映像に対する多くの日本人の反応は、まるで津波の脅威を初めて目撃するかのようだった。他国での出来事を日本を検証する契機にできなかったことは反省点である。
2つ目は、「東海・東南海・南海」ではなく、「東北」であったこと。2010年5月号の『建築雑誌:防災立国ニッポン』で、僕は副担当として編集にかかわらせいただいた。発生確率が高いとされる「東海・東南海・南海」での巨大地震を想定して、起こりうる問題群を取り上げ、メガ・ディザスター(巨大災害)の危険性が極めて高い時代へと突入していることを提示した。しかし、実際その被害を初めて経験することになる場所が、「東北」だとは考えてもいなかった。僕自身も含め、「東海・東南海・南海」へと日本社会が関心を集中させていたのとは裏腹に、「東北」が最初にその被害を受け、急遽関心の目を注ぐことになった現実は、東北の歴史性も鑑みて、個人的には非常にショックであった。
3つ目は、原発の問題。昨年、僕はこのアンケートで日本によるベトナムの原発建設受注を取り上げた。海外でのインフラ建設受注という新たな国際競争での日本の地位の揺らぎをそこでは述べた。しかし、日本が原発の耐震性の高さを国際競争での売りにしている話を聞きつつも、今回のように震災で原発そのものが多大なリスクをもたらすことは想像の外側にあった。
情報技術の進展や科学的知見の豊穣化がもたらすリスク社会では、世界での出来事を他国へ、ある問題系を別の問題系へ、それぞれ変換する力や、実際に発生した目の前の現実への対応力が問われる。上記3つの予見の甘さは、その力が容易には獲得できないことを痛感させたと同時に、どうにかして養わなければという思いを強くさせるものであった。

一方、震災復興にかかわる具体的な活動としては、東京大学村松研究室のメンバー(代表:岡村健太郎)が、岩手県・大槌町で行なっている活動に少し参加させていただいている(http://www.shinlab.iis.u-tokyo.ac.jp/otsuchi/)。これまで村松研究室が培ってきた、まちをくまなく歩き、地域の遺産資産を発見、記録するという活動を生かして、撤去される前に瓦礫のなかを歩き、震災前の地域のおもかげを記録する「おもかげプロジェクト」をスタートさせた。その後、定期的にまちを記録し、震災以前から以後までの大槌町の復興誌をつくるべく活動を進めている。今後も、その動向に着目するとともに、力添えしていきたい。

●A2
2011年は、「アラブの春」にはじまり、民主主義や合意形成について考える機会が多かった。まちづくりや都市計画にもかかわるが、民意の表出や合意の仕方が徐々に地殻変動してきている感がある。防潮堤の高さや津波の避難区域の設定など、地域計画を決定する際の科学的知見の優位性が、震災によって多少なりとも揺らぐ一方で、内閣府による「幸福度」指標化の試みやデレック・ボック著『幸福の研究』(東洋経済新報社、2011)が紹介するように、幸福度(Well-being)という主観的な感情を政策決定のツールに取り入れる動きが世界的に進展している。あるいは、東浩紀『一般意志2.0』(講談社、2011)のように、情報技術の活用により、民意の表出の仕方をバージョンアップするような考えが出てきている。多様な価値観が政治的な合意形成の場面へと入り込む門戸が広がることによって、新たな都市像は生まれるのか。これから考えていきたい。

『幸福の研究』/『一般意志2.0』

昨年、アンケートで取り上げた事柄に呼応して、山形国際ドキュメンタリー映画祭2011について言及を。「ともにある Cinema with Us」など震災に対応した特別企画も実施された今回の映画祭であったが、従来からのコンペティション部門の作品群が、震災を超えて、世界の「いま・ここ」を映し出すドキュメンタリー映画の高い価値を示していた。
個人的には、アジア千波万波部門で小川紳介賞を受賞した、中国政府の定住政策によって狩猟を禁止された内モンゴルの狩猟民族の親子の物語や生活を撮った顧桃(グー・タオ)による『雨果の休暇』および『オルグヤ、オルグヤ...』が秀作だった。初の長編劇映画『無言歌』を公開した王兵(ワンビン)のこれまでの作品を筆頭に、中国ドキュメンタリー映画には、中国という複雑な社会とそれを背景に生きる個々の人々との狭間を克明に映し出す卓越した作品が多く、注目に値する。

王兵による初の長編劇映画『無言歌』予告編

●A3
今年一年の被災地での動きと併せて、青井哲人氏を編集長とした建築学会の新たな編集委員会による『建築雑誌』を楽しみにしている。2010〜2011年の2年間、中谷礼仁氏を編集長とする委員会に参加させてもらい、建築界のさまざまな専門家の人々と幅広くふれあうことができ、これまでになく建築の世界が拡がった。この体験は、次期の委員会から繰り出される特集の数々からもきっと味わうことができるだろう。

『建築雑誌』(2012年1月号)

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