ENQUETE

特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

星野太

●A2
『じ め ん』(構成・演出:飴屋法水)
昨年に引き続き、フェスティバル/トーキョー(F/T)で上演された飴屋法水の作品を取り上げたい。本作は今年のF/Tのオープニング委嘱作品として制作され、ロメオ・カステルッチの『わたくしという現象』とともに、『宮沢賢治/夢の島から』という野外公演として9月16・17日の2日間にわたって上演された。

過去に飴屋が演出した『4. 48サイコシス』(2009)と、同じく彼が演出・考案した『わたしのすがた』(2010)については、それぞれ別の場所で短いテクストを書いたことがある。しかしそれらの作品を描写するにあたって、私は飴屋の過去の活動や作品について殊更に言及する必要性をほとんど感じなかった。というのも、両作品はそれ自体として十分に完結した構造をもっており、飴屋法水という作家の一連の活動の中にそれらの作品を位置づけることで、その輪郭はむしろ曖昧なものになってしまうように思われたからだ。

しかし、2011年に夢の島公園(新木場)で上演された『じ め ん』のことを語り出すにあたって、飴屋が過去に関与したひとつの展覧会に言及することは不可欠であるように思う。それは、2005年に六本木のP-HOUSEで開催された「バ  ング  ント」という展覧会だ。作家は「ア ヤ   ズ」。言うまでもなく飴屋法水のことである。

「バ  ング  ント」というこの展覧会名は、それ自体が「バニシングポイント」の穴あき文字として提示されることによって、そこに展示されたさまざまな事物の「欠如」を予告するという、すぐれて自己言及的な構造をもっている。例えば、P-HOUSEに貼られている大量の証明写真には、いずれも顔と名前の一部が欠けている。ある壁には顔のない3人の男の肖像が並べられているが、それに付された「ア ヤ   ズ」「オ トモ シヒ 」「サ ラギノ 」というキャプションから、それらが飴屋法水・大友良英・椹木野衣の肖像写真であることがすぐさま察せられる。ただし、その一部を欠いて提示された先の固有名と肖像写真が喚起するのは、その欠損そのものであるというよりも、むしろその欠損によって引き起こされる私たちの「気づき」であると言ったほうがおそらく正しい。というのも、ひとはおそらく馴染みのある対象よりも馴染みのない対象によって、さらに言えば馴染みのあるものが馴染みのないものとして現れることによって、より十全な注意を喚起されるからだ。

実際、その空間のなかで、私たちは幾度となく躓きの石を踏むことになる。壁一面を埋め尽くすテクストには「日本語」がところどころ欠けており、壁に投影された気象観測図にはそこにあるはずの「日本」が欠けている。証明写真には顔と名前が欠けており、車には本体が、プラグにはコードが、土地と家には持ち主が欠けている。さらに「......」が欠けている、ということを指し示すはずのタイトルにすら名前は欠けている。したがって欠如Aが欠如Aであることは、極言すればいかなるものによっても保証されてはいない。

2011年に話を戻すと、私たちは上に挙げた要素のうちのいくつかを、『じ め ん』という作品にも同じく見出すことができる。タイトルの穴あき文字、劇中の飴屋が呼びかける「椹木さん」という人物、そして「日本」が欠けた気象観測図などがそれである。特に、最後に挙げた気象観測図について言えば、それが「バ  ング  ント」におけるそれとはまったく別の意味を与えられていることに注目すべきである。どういうことか。『じ め ん』では、まさにその公演の舞台となっている「夢の島」という固有名が呼び出されるのだが、それはすぐさま「日本」を指す「夢の島」という比喩へと横滑りしていく。さらにその比喩が、「日本」が欠けた先の気象観測図と、〈だって、それは、夢だったから〉という台詞とともに提示されることによって、それは近未来における日本の消失を示唆する表現へと転じていく。

以上の場面が妙な迫真性を帯びるのは、ここ夢の島公園が、ビキニ環礁で水爆実験の被害を受けた第五福竜丸が展示されている場所であることとも無関係ではないだろう。そして何より、「夢の島」という固有名から「日本=夢の島」という比喩への横滑りがいとも容易く可能になるという事態は、2011年9月の時点においてその言葉が受けとられる状況が、それ以前──より正確には2011年3月以前──とは決定的に異なってしまったという事実を雄弁に物語っている。以上で描写したのは『じ め ん』という公演のごく断片的な場面にすぎないが、その断片のなかで示唆されていたのは、夢の島公園という場所から数百キロメートル離れた原子力発電所と、その傍らに位置する第五福竜丸と反響しあう、私たちの場所の経験の「変容」そのものである。
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引 『10+1』DATABASE
ページTOPヘ戻る