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特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

福島加津也

●A1

批評の死

東日本大震災は規模の大きさだけでなく、複数の原因も重なり合う過去に例を見ない災害である。それなのに、伊東豊雄氏らの帰心の会による《みんなの家》など、建築家による復興支援はとても迅速で活発に見える。そんなことを考えていると、1冊の本を思い出した。震災から1カ月後に亡くなった多木浩二氏の『生きられた家』(1976)である。取るに足らない表層こそが私たちの生きている現実であり、それに応える家を建築家がつくることの(不)可能性について書かれたこの本は、これまで建築家にとって抜くことのできない棘のようなものであった。この本の持つ鋭い批評性から一定の距離をとってきた建築家が、生きることに正面から向き合うような建築をつくりはじめた。復興支援だけを見ていると、その変化は突然であり、戸惑いすら感じる。しかし、多木=「批評の死」が、建築家による「生きられた家」への接近を容認するきっかけとなった、と考えれば理解できる。これは、建築が計画(生産)することから経験(消費)することへ大きく舵を切ったことの表われではないだろうか。
震災支援の建築デザインには、形式性と物質性に共通点を見ることができる。切妻屋根に代表される家型の採用、校倉による木であることの強調や、無骨と言ってもいい端部のディテールなど。もちろんコストや工期などの厳しい制約もあるだろうが、それだけであればもっと多様なデザインがあっていいはずだ。この建築デザインの転換が北京オリンピック(2008)や上海万博(2010)に代表される3次元造形建築の隆盛の後であるということも見逃せない。建築の未来は前衛的デザインだけではない、ということか。これからは、建築を制作することに加えて、享受することも一種の創造とするような、美学の拡張と建築批評の再定位が必要である。そのなかで、もう一度美しい建築とは何か、という問いを発してみたい。

多木浩二『生きられた家──経験と象徴』(新装版:青土社、2000)


●A2

聖地巡礼

2011年では、4〜6月にフジテレビ系列で放送されたテレビアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」が印象に残る。幼馴染の死を抱えた高校生たちの成長物語の描き方もすばらしいが、ここではアニメの背景画をきっかけにして起こった社会現象に注目したい。物語の重要なシーンの背景には、埼玉県秩父市に実在するごく普通の風景が使われている。その場所を地元の熱心なファンが推測してインターネットにアップすると、多くの視聴者がそこを訪れ、地元自治体や鉄道会社などを巻き込んでの大イベントとなるほどに盛り上がりを見せた。ファンはその訪問を「聖地巡礼」と呼んでいる。ここで重要なのは、通常の聖地がなんらかの景観的特徴を備えているのに対し、この聖地はどこにでもあるようなごく普通の風景、ということである。このような社会現象は、2000年以降のいくつかのアニメで発生している。実際にある風景という現実と、アニメの背景という虚構の間にある「聖地」は、現実と対峙するようなフィクションの異世界ではなく、平凡な現実をていねいにトレースし、小さないわれを付け加えることからつくられた。普通の風景の背後にある物語を追体験する新しい「聖地巡礼」には、これまでにない視点からの地図が必要である。

聖地巡礼マップ「めんまのおねがいさがし in ちちぶ 舞台探訪」©ANOHANA PROJECT


●A3

技術の魔力

もうすでに始まってしまっているが、ここでは東京写真美術館の「見えない世界のみつめ方」という展覧会を取り上げたい。この展覧会は、さまざまな現象を新しい技術で捉え直し、私たちが当たり前と思っていた世界を揺り動かしてくれそうだ。例えば、鳴川肇氏のオーサグラフは陸地の面積と形状をほぼ正確に表記し、かつ海を分割することなく矩形の平面に収めた世界地図である。そこには新しい世界の形がある。このオーサグラフを見ると、私たちがこれまで世界だと思っていたものが、いかに限定された視点からであったかがよくわかる。それを可能にするのは、地球の表面積を96等分し、それらの面積比を保ちながら正四面体に変換し、その正四面体を展開させてシームレスにつなぐという精密で画期的な技術だ。その明快さと不思議さは、「技術の魔力」と呼びたくなる。
今、私の事務所では小さな個展に向けての準備が進行中である。そこでは建築における「技術の魔力」を、日常的な素材でつくる予定である。私たちの日常を背後で支えるしくみを見つけ出すことは、当たり前の世界を少しだけ美しくする「聖地巡礼」に似ていると思う。

鳴川肇《AuthaGraph》
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