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特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<

福住廉

●A1
東京スカイツリーへの視線。高さ634メートルを目指して日進月歩のペースで上へ上へと積み上げられていく建設現場に大きな注目が集まった一年でした。押上近辺には観光客がわらわらと押し寄せ、テレビやネットなどのメディアにも頻繁に取り上げられました。高層ビルに囲まれた東京タワーとは対照的に、独立峰のようにそびえ立つスカイツリーは、東京のどこにいても比較的容易に眼に入るという点で、東京を象徴する新たなランドマークとして評価されることはまちがいないようです。ただし、垂直方向に伸びていくスカイツリーを観察する視線には、新たな名所の歴史的誕生に立ち会いたいという野次馬根性だけではなく、成長や発展を前提とした自己肯定の欲望にも由来しているように思われます。というのも、たとえば京都タワーは古都の街並みを汚すとして批判にさらされましたが、スカイツリーは同じく古い街並みに建てられているにもかかわらず、景観論争が巻き起こることはほとんどなく、むしろ温かく見守られているからです。この微温的な肯定が高度経済成長という進歩の物語を体現していた東京タワーの焼き直しであることにちがいはありませんし、そのように高層タワーによって進歩的なイデオロギーを表現するという考え方じたいが時代遅れであることも疑いありません。けれども、そこには別の側面もあるように思われます。それは、東京スカイツリーが9.11以後の建築にとっての自己治癒としての役割を帯びているのではないかということです。ワールドトレードセンターが粉塵を巻き上げながら崩れ落ちる光景を、映像をとおしてではあれ、眼にしてしまった現代人にとって、高層タワーはもはや進歩や栄華の象徴ではありえません。それは、ある一定の条件さえ整えば崩落するものであり、廃墟のような未来都市が決してフィクションにとどまらないことすら連想させました。青空に深く突き刺さるように上昇してゆく東京スカイツリーを愛でる視線は、建築が壊れるものであることを知ってしまった私たちが、それでもなお垂直方向に屹立させるよう煽ることによって、その傷を癒そうとする集団的な治療行為に思えてなりません。新たなファシズムの胎盤は、もしかしたらこうしたところにあるのかもしれません。

●A2
東京スカイツリーが竣工したときに発表される建築家や建築批評家、建築史家のコメント。
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