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特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<

平瀬有人

●A1

ある形式の反復に興味がある。「自律的」な形式が反復しつつも「他律的」な要因によって歪めら れ、多様な空間が生まれる。相反するものが対立でなく共存・混在しているいわば「多元的共存」とも言えるような在り方を探りたい。以下は2010年に印象に残った事象であるが、どれもがそのような[自律的 ∧ 他律的]な存在たり得ようとしているのではないかと思う。

鈴木了二「物質試行 No.51《DUBHOUSE》」

「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」展(2010年4月29日〜8月8日、東京国立近代美術館)での鈴木了二氏の出展作品。テーマに対して、彫刻と建築の「閾」のようなスケールの量塊で氏は問いかけている。DUBという概念を提示し、ある形式を増幅・拡大・反復・変形させることで生まれるオブジェクト、言いかえるとスケールを変えたとしても保持できる強度のある物質を試行。「『DUB』とは、どちらの意味においても、オリジナルをめぐる攻防にほかならない。オリジナルを変形し、歪ませ、引き延ばし、圧縮すること。ここまで来れば、『DUB』が音楽に限らず、建築の問題でもあることは明らかだ」(鈴木了二、同展カタログより)ここで言う「オリジナル」は自律性を持ち、「変形」といった操作が他律的な操作であろうか。さりげなく壁面には「オールオーヴァー都市東京」をテーマにした氏の絵画作品があり、床には「絶対現場1987」を想起させるガラスの水平面が続く。氏の絵画を見る機会は本当に貴重なのだが、距離があるために絵画の中の正方形に潜まれている鉄錆のマチエールを鑑賞できなかったことが残念でならない。
展覧会ウェブサイト:http://www.momat.go.jp/Honkan/where_is_architecture/work_in_progress/

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「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」展、展示風景 ©yujin HIRASE

岡﨑乾二郎《あかさかみつけ》

MOTコレクション・岡﨑乾二郎展(2009年10月31日〜2010年4月11日、東京都現代美術館)にてこの10年来見たかった念願の《あかさかみつけ》に出会うことができた。《あかさかみつけ》は1980年代の岡﨑乾二郎氏の代表作とも言える洋服の型紙を切り起こしたような一連のレリーフコンストラクションである。平面の板を切り起こすと切り抜かれた面が虚の平面として現われ、視線を動かすと実の面と虚の面が交錯する半ばイリュージョンのような多視点的な造形が生まれる。それぞれはフラジャイルで不確かな物体なのであるが、連作として眺めていると素材を通じて構成されるタイポロジーが生まれる。《あかさかみつけ》という地名を所以とするタイトルからもわかるように、アルド・ロッシのタイポロジーではないが、物体そのものより「物体が発生する場所」がより重要なものとなってくるのだ。
《あかさかみつけ》:http://kenjirookazaki.com/#/jp/3/1/

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東京都現代美術館 MOTコレクション 特集展示 岡﨑乾二郎 展示風景

HHF architects, Fashion Center Labels Berlin 2

スイス滞在中にコンペティションから実施設計まで共同した設計プロジェクトが2010年に竣工した。ショールーム・ホール・カフェの複合施設である。ここで考えたのは、環境を深く観察することで発見した造形要素を増幅・拡大・変形・反復させることで、他律的に環境に対応しながらも、自律的に力強い空間をイコンとして立ち上がらせようと意識したものだ。内部の螺旋階段も同じ要素を反復・変形させることでつくりだしており、二つのアールを単純なルールによって配置しているだけではあるが複雑な空間が生まれている。
HHF architects:http://www.hhf.ch/hhf/en/projects/archive/2007/labels2.photos.0.html

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HHF architects, Fashion Center Labels Berlin 2, Berlin, Germany, 2007-2010. ©Iwan Baan

デジタルファブリケーション

デジタルファブリケーションとは端的に言うと、プログラムで生成したかたちを直接デジタル工作機器で加工・生成する技術であるが、2000年代後半になり3次元プリンタやカッティングマシンといった複雑なデータを短期間で物質化する機器が安価になることで2010年には日本でも話題にあがる機会が多かった。2008年に取材を行なったスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH-Z)デジタルファブリケーション講座(D-FAB)では、スイス建築の伝統であるマテリアリティを礎としながらも、テクノロジーを用いることで生まれる造形・空間の新しい可能性を試行している。「情報と物質」あるいは「素材と加工」を架橋する新たなツールではあるが、物質の単位要素のスケールをどのように反復させ、インテグレーションしていくか、という点が重要なのではないかと考えている。画面の中の3Dを単に物質化するといった有機的な造形を創作するための技術ではないという点だけは強調しておきたい。例えばレンガのような小さなピースを組積するという「自律的」な形式をなんらかの要因で「他律的」に変形させていくといった操作を自在に可能にするテクノロジーがコンピューテーションによるデジタルファブリケーションではないかと近年考えている。
D-FAB:http://www.dfab.arch.ethz.ch/

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D-FABでつくられた作品  ©Gramazio & Kohler

ETH-Z CAAD + Ludger Hovestadt, Beyond the Grid - Architecture and Information Technology "Applications of a Digital Architectonic"

スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH-Z)コンピューター支援建築設計講座(CAAD)のプロジェクトをまとめた作品集が刊行された。プロジェクトはいくつかのテーマに沿って分類されており、コンピューテーションデザインの多様な可能性が示されている。アーバンデザインや街路パターンを他律的な要素によって変形させていく都市生成プログラム・スタディ(Any Design)。経験則ではないグラフィカルパターン生成(Patterns)。逆日影や斜線による建築ヴォリューム生成(Buildings and Volumes)。3Dモデルを原寸で施工するための技術(Construction)。合理的な構造バランスからつくられる形態生成(Structures)。モジュールの組み合わせでつくられる多様なファサード(Facades)。情報技術による新しい建築の可能性(Global Design)。作品集の発刊に合わせたわけではないが、JIA(日本建築家協会)全国大会においてETH-Z CAADの建築家・研究者のベンジャミン・ディレンブルガー(Benjamin Dillenburger)とミヒャイル・ハンスメイヤー(Michael Hansmeyer)を招聘して講演会「手描き不可能な世界──コンピュータによる建築:位相幾何学と地形学」を企画開催し、これらプロジェクトの詳細な紹介をいただき、今後の共同研究体制を築くことができた。
CAAD:http://www.caad.arch.ethz.ch/

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ETH-Z CAAD + Ludger Hovestadt, Beyond the Grid - Architecture and Information Technology "Applications of a Digital Architectonic", Birkhäuser, 2010.

ETH-Z, New Monte Rosa Hut SAC - Self-Sufficient Building in High Alps

スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH-Z)建築理論研究所(gta, D-ARCH)よりツェルマットのモンテ・ローザ山塊に建つ山岳建築New Monte Rosa Hutの作品集の刊行があった。建設の経緯や建築デザイン・構造・環境のコンセプトを詳細に解説してあり、彼らの今後の戦略が細かく書かれている。さっそく取り寄せて翻訳しながら読んでいるのだが、デザイン・構造・環境要素がインテグレートされた素晴らしい建築だと改めて感じている。形態を決定する要素にはETH-Z CAADによるコンピューティングシミュレーションの成果が平面計画・3次元的な構造解析・風のCFD解析によるヴォリューム検討として活かされている。本の装丁も写真集のように美しい。

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ETH-Z, New Monte Rosa Hut SAC - Self-Sufficient Building in High Alps, gta Verlag, 2010.

Andrea Deplazes, Making Architecture

かねてからスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH-Z)の教科書Constructing Architecture: Materials, Processes, Structuresの翻訳を進めている。本書はヴァナキュラーな事例から現代建築に至るまでの幅広い建築を参照して意匠・構造・構法・設備・施工などを総合的に説いた良い教科書である。2010年には同じ編著者アンドレア・デプラゼス(建築家・ETH-Z教授)による造形演習科目をまとめた学生作品集Making Architectureが刊行された。氏は先述したNew Monte Rosa Hutの設計者でもある。これは、石膏・油土・木材・紙・金属・樹脂といった素材をどのように結構(Techtonic)・構成(Composition)するかをスタディしたものだが、こうして見ると先述したスイスのデジタルファブリケーションにはこのようなマテリアリティへの慧眼力が礎となっているのだと改めて感じる。

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右=Andreas Deplazes, Constructing Architecture: Materials, Processes, Structures, Birkhäuser, 2005.
右=Andrea Deplazes, Making Architecture, gta Verlag, 2010.

『山と建築』Vol.1

2008年12月に開催された「国際山岳建築シンポジウム信州2008」の内容をとりまとめたもので、スイスのグラウビュンデンエリアと信州の山々に息づく静かな建築を紹介するたいへん素晴らしい記録集である。個人的に日本では北アルプスにある吉阪隆正氏の山岳建築を中心とする山小屋建築を、スイスではNew Monte Rosa Hutを中心とする近代以降の山小屋建築を研究していることもあり、たいへん興味深い内容であった。山岳建築は、訪れる人々にとって必要な「自律的」なシンボルであり、雪崩・台風といった自然災害から建築形態が規定される「他律的」な存在である。
信州大学山岳科学総合研究所:http://ims.shinshu-u.ac.jp/documents/book_other.html

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『山と建築』Vol.1(特集=スイスと日本の山岳建築、信州大学山岳科学総合研究所、2009)

●A2

HHF architects, HHF architects 2003-2011

韓国の出版社より刊行予定のスイスの若手建築家HHF architects初作品集。批評家のバート・ローツマが巻頭文を書き、代表的な18作品について世界から18人の建築家・芸術家が作品紹介をするという変わった体裁をとっている。先述の共同したプロジェクトFashion Center Labels Berlin 2が紹介されているとともに筆者は2009年に行なわれたバーゼル州立美術館コンペティション作品の紹介を寄稿した。芸術家のアイ・ウェイウェイや建築家のフィリップ・シェーラー、ユルゲン・マイヤー・H、エマニュエル・クリスト(Christ & Gantenbein)、ダニエル・ニグリ(EM2N)、アンディ・ブリュンドラー(Buchner & Bründler Architects)らの論考とどのように交錯するのか楽しみである。

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HHF architects, HHF architects 2003-2011, Archilife, 2011. ©HHF architects

《YNHプロジェクト》(2009-2011)

近々に竣工する住宅のプロジェクトである。二つの丘陵地に挟まれた谷戸の大きなランドスケープのなかでの建築の在り方・大田道灌が砦としていたその土地の歴史性という時間軸との連続性を主眼に考えた。道路のテクスチャーからの連続で生まれた砦のような量塊に、環境に応じて大きさの異なるグリッド状の開口部をファサードに持つ。内部は都市の小さな広場のような3層吹抜を中心に居室群が配置される。

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平瀬アトリエ《YNHプロジェクト》 ©yHa architects

《KFGプロジェクト》 (2009-)

明治中期創業の酒蔵をギャラリーに改修するプロジェクトを進めている。約100年存在する建築の祖型を際だたせつつ、そこに別の架構を拮抗させることで、新旧が対峙する空間を創出する。スイスの建築家ハンス・ユルグ・ルッフは新しい造形を挿入することで、古い空間の持つ骨格を活かしつつ新たに蘇生しているが、そのような建築的介入(=Interventions)のスタディを進めている。

《KKCプロジェクト》(2010-)

この海外でのプロジェクトをきっかけに、音と空間をどのようにインテグレーションするかということに興味を持っている。森の中の音響空間のプロジェクトであり、大自然の中で感じられる音を建築空間でどのように再現するか、現代音楽家・音響デザイナーとともに検討している。音の特性を解析して立体的に生成されたスピーカーシステムや無響室の吸音楔をデジタルファブリケーション技術を用いて作成することで、新しい空間が生まれるのではないかと考えている。
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