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特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<

木内俊克

2010年で印象的だったのは、やはり今夏のヴェネツィア建築ビエンナーレ2010だろう(私自身もR&Sie(n)のメンバーとしてアーセナルでの展示に参加した)。
国際企画展示/国別部門にかかわらず、スターアーキテクトによる大掛かりなインスタレーションが派手さを競い合うような様は後退し、建築が担保しうる多様な価値の可能性を見つめ直す、さまざまな角度からの展示が出揃ったという印象が新鮮だった。世界的な経済不況を鑑みれば、程度の差はあれ、多くの出展者にとって予算確保が困難であっただろうことは想像に難くないが、だからこそよりコンセプチュアルなレベルにまで立ち返り、建築の価値を再確認する好機にもなったのではないか。
一例を挙げれば、ペルシア湾の小島国であるバーレーンの展示「Reclaim」(国別部門で金獅子賞を獲得)では、加速する湾岸開発を切り抜けて現存する漁師小屋が会場内に移設されたのだが、人々の生活と海との関係を分断してきたこれらの開発姿勢を問い正す政治的なツールとして、また本来パブリックスペースである海を享受するための建築として、それらが提示された。特別表彰にインドのスタジオ・ムンバイ、中国のアマチュア・アーキテクチュア・ スタジオが名を連ねたことも、ローカリティやセルフビルドに照準を合わせた建築への再評価といった意味があったように思う。
今回のビエンナーレが、むろんいまや投資対象となった建築のあり方になんらかの影響を与えられたのかは現状で筆者の判断できるところではないが、短期的な利潤回収を至上目的にした視覚的刺激や話題性に傾倒したブランディングデザインに対し、それとは別個の、あるいはより複合的な価値基準を提示する意欲が主要な国際展で現われたことに、ひとつの可能性を見出したい。
同様な意味合いで、(いまだ訪問する機会を得ていないのだが)2010年における建築/都市/土木のなかで印象深かったものとしては、前回のアンケートで挙げた日向市駅に続くかたちで完成を迎えつつある内藤廣による《旭川駅》(北海道)、デザイン指導=篠原修/景観設計=eauによる《旧佐渡鉱山北沢地区 工作工場群跡地広場》(新潟)、海外ではPT Bambuによる《Green School》(バリ)を挙げておきたい。また美術作品になるが、一連の犬島、豊島などを中心とした瀬戸内国際芸術祭2010の作品群も、地元の市民/文化/風土と連動し、時間をかけた持続的な展開を志しているといった点で取り上げておくべきかもしれない。

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左=内藤廣《旭川駅》 ©内藤廣建築設計事務所
右=篠原修/eau《旧佐渡鉱山北沢地区 工作工場群跡地広場》 ©eau

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PT Bambu《Green School》 ©Iwan Baan

また、私自身が関わったものも含むが、以下のプロジェクトの成果も挙げておきたい。

○R&Sie(n), Architecture des humeurs(Le Laboratoire, Paris)
人間の生理的情報から抽出したデータを下に、都市スケールの集住形式内における住戸の配列を生成。
その配列を構造最適化手法により物理的に支持する形態を計算し、コンクリートプリンティングにより建設する。
それらの過程を展示のフォーマット上でシミュレーションしたリサーチ。
http://www.new-territories.com/blog/architecturedeshumeurs/
http://aar.art-it.asia/u/k_rsie/L6WiMe2EAm0aqjdQsK8n/

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R&Sie(n), Architecture des humeurs ©R&Sie(n)

○R&Sie(n), Hypnotic Chamber(十和田市現代美術館の屋外展示、青森)
「I've heard about」というプロジェクト内の仮想都市を追体験するためのパヴィリオン。極度に複雑、かつ有機的な形状を実現するため、全部材を5軸のCNCマシニングを全面的に採用して建設された。
http://www.new-territories.com/blog/?p=278
http://aar.art-it.asia/u/k_rsie/aIyUzBQZlDjmV2P16i0H/

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R&Sie(n), Hypnotic Chamber ©R&Sie(n)

○White Weekend Kites, alternate _ room(exhibition UNTITLED 1:1, espace brochage expresse, Paris)
部屋の片隅に取りついたほこりが空気の微妙な流れに反応して揺らめく動きを、プログラミングによりコンピュータ・モデルの中で再現したもの。「論理的」な計算により「偶発性」に限りなく寄りそっていくという相反する行為を通して、秩序と偶発性があいまいに連続する領域を浮かび上がらせる意欲的なリサーチ。
http://www.whiteweekendkites.com/

ここで挙げた3プロジェクトは、コンピュテーションを介した建築デザインプロセスの技術的な展開としてはもちろん、人間が感知しうる重層的なメタ空間との関係のなかで、論理的に物理的な空間を拡張することを主眼に置いている点で、社会性や政治性にデザインの主軸が移行しつつあるなか、益々その意味合いを増していると言えないだろうか。言い換えれば、機能的な空間に付帯する、きわめて感覚的、主観的な価値の領域──定性的な領域──にあくまで論理的かつ定量的にアプローチしている点に大きな可能性があるだろう。
2011年以降にも、R&Sie(n)のリサーチArchitecture des humeursについては、アメリカの大学と連携したさらなるプロジェクトの展開が計画されている。

また、身体的なアプローチとしての生活の実践のなかから、個人が占める空間が帯びる社会性をかつてない濃密さをもって浮かび上がらせているという意味で、坂口恭平が展開している一連の出版活動にも注目していきたい。坂口の設定する空間への視線は突出してラディカルで(この紙面で語り尽くせるものではないが)、人間の五感に入ってくる無数の断片的な情報がおりなすパッチワークこそが空間であり、個々人が占有する空間はむろん重層し、絡み合い、その空間の(不協和音もノイズも丸ごと飲み込んだ)共鳴こそが社会である、といった枠組みに立っていると言えるだろうか。
私にとって重要なのは、その視点があくまで物理的な環境から触発されることによって獲得されているという一点にある。坂口の視点からその物理的な環境の意味合いを真摯に、執拗に見つめるとき、そこからまた確実に建築の担保しうる重要な価値を紡ぎだすことができるはずだ。

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坂口恭平『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(太田出版、2010)

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