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特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<

中川純

スマートグリッド、オンデマンド型電力ネットワーク、イヴァン・イリイチ

2010年はスマートグリッドが認知された年であった。電力を効率よく運用する技術を開発するためさまざまな研究会が開かれたが、なかでも「次世代エネルギー・社会システム実証地域」として横浜市、豊田市、けいはんな学研都市(京都府)、北九州市が選ばれたことは記憶に新しい。通信、建築・都市計画、交通システム、ライフスタイルなど多角的な視点からエネルギーについて考察し、汎用性のある社会構造を構築することによって、国内だけではなくアジア各国にも通用する次世代エネルギー・社会システムをつくろうという意欲的な研究である。
各地域それぞれ独創的な計画が盛り込まれているが、特に「けいはんな学研都市」における京都大学松山隆司教授の「オンデマンド型電力ネットワーク」がおもしろい。ドライヤーで髪を乾かす時に「1000W必要です」とネットワークに情報を送ると、電力サーバが「できる限り」電力を供給してくれるベストエフォート型の電力ネットワークを提唱しており、混雑したネットワークが低いビットレートで動画を配信するように、電力サーバから十分な電力が供給されない場合においても、髪を乾かすという行為において不自由しない程度に電力を制御してくれるところが画期的である。ニコラス・G・カーは『クラウド化する世界』のなかで、インターネットの進化の歴史を電力の発展の歴史に準えて論じているが、松山教授の試みは電力に対するインターネットからのフィードバックであり、この反転は電力とネットワークの歴史的な転換期を意味する。
「web」という言葉を見出したイヴァン・イリイチは『エネルギーと公正』のなかで「一人あたりのエネルギー使用量の最大限に対して環境問題に照らして制約を加えることを容認し始めてはいるが、現代的でかつ望ましいさまざまな社会秩序のいずれを作るためにも必要な基礎として、エネルギーの使用を可能な限り最小にしようということは考えていない。しかし、エネルギー使用の限度があってはじめて、高度の公正を特色とするような社会的諸関係が成立しうるのである」と述べている。エネルギーの使用に限度を設け、そのなかで生活をうながしていくシステムを実現する技術として、松山教授の研究は注目に値する。「生産と消費からプラグを抜く」というイリイチのビジョンを再考するときかもしれない。

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イヴァン・イリイチ『エネルギーと公正』(晶文社、1979)

クリエイティブ・コモンズ・ハウス

新建築増刊号の「住宅10年」を眺め、この10年間の住宅を思い返していたら、ふと「歴史の中の清家清」(渡邊大志、『住宅建築』2008年1月号所収)という記事を思い出した。教育された美についての非常に鋭い論考で、野卑な言葉で恐縮だが、あなたが作品と呼んでいるものは私にとっての伊東豊雄、僕にとっての妹島和世を表現しただけではないの?という内容であったと思う。吉村靖孝さんが2008年頃から構想していた「CCハウス」展も同じ流れか定かではないが、個人的に共感するところが多くおもしろかった。
住宅のライセンスをクリエイティブ・コモンズにすることによって、建築界の「私にとっての」的なグレーな著作権を問い直すとともに、新たな規範の誕生に期待しつつ、多次創作的な建築の価値について考えていこうという試みである。何人かの建築家による改変済みのCCハウスも展示されており、多次創作の展望を示してくれたのがよかった。ただ、建築家が取り組む以上、オリジナルのCCハウスに「達している」かどうかは常に問われることになるだろう。M・フーコーは『これはパイプではない』のなかで、類似と相似の相違について論じていたが、多次創作の方法論を確立するためにも、「類似の様態にもとづくものである思考と、相似の関係にある物とが垂直に交わる」ようなCCハウスの誕生に期待したい。

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M・フーコーは『これはパイプではない』(哲学書房、1986)

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