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特集:200912 ゼロ年代の都市・建築・言葉 アンケート<

平瀬有人

場の持つ気配や質・記憶をどのように記譜するかということに興味がある。ときにそれはテキストやイメージかもしれない。あるいは物質によって建築として定着させることで顕わになるのかもしれない。

鈴木了二《物質試行47:金刀比羅宮プロジェクト》(2004)

急峻な起伏のある山肌に絶対水平の人工地盤と絶対垂直の擁壁が立ち現われる。まるで遺跡を掘っていったら出てきた地層のような建築で、建築とはその場にある見えない地層を掘り起こし、物質によって場所の記憶を呼び戻すものなのかもしれないと改めて新鮮さを覚えた。

Peter Zumthor, Bruder Klaus Field Chapel, 2007.

ドイツ・ケルン郊外ヴァッヘンドルフの麦畑に建つ小さな礼拝堂。地域の人びとがセルフビルドによって1年かけて50cmずつコンクリートを打設して、信仰のための場が生まれた。内部には炭焼きされた112本の丸太組み型枠の痕跡が残り、350個の吹きガラスが充填されたセパ穴からは光が降り注ぐ。建築がその場に在ることの意味を改めて問いかける重要な存在である。


Bruder Klaus Field Chapel
©Yujin Hirase

Studio Monte Rosa(Prof. Andrea  Deplazes), New Monte Rosa Hut, 2009.

場の固有性が建築の形態・構法・構造を規定してしまう極端な事例が山岳建築であろう。国内では吉阪隆正による一連の山岳建築群があるが、スイス・ツェルマットのモンテ・ローザ山塊に建つこの建築は、エネルギー効率のもっとも良い球形から側面を削ぎ取ったような形態を持つ。多くある変数を最適化した究極の他律型建築であり、否応なしに地形を意識せざるを得ない建築だ。場に応答した建築の素形の姿であるといえる。


New Monte Rosa Hut
©Stéphanie Marie Couson

『季刊 d/SIGN』(太田出版、2001〜)

戸田ツトムと鈴木一誌の責任編集による知覚の地層を探索するデザイン批評誌。都市のさまざまな事象・メディアに関してデザインの思想を語る場であり、かつてないイデオローグであるといえよう。気配や質感をいかにイメージに定着するかという意識で誌面の隅々まで設計されており、かつての杉浦康平による『全宇宙誌』や『遊』といったオブジェマガジンを想起させる。雑誌それ自体の存在が建築的思考と共振する貴重なメディアである。

岡崎乾二郎『ルネサンス 経験の条件』(筑摩書房、2001)

マティスのロザリオ礼拝堂・ブルネレスキの建築・マサッチオのブランカッチ礼拝堂などの諸作品の分析を提示しながら、それぞれに内在する「多視点性」を顕わにしている。ここで提示されている作品あるいは場には、ある全体性が与えられているにもかかわらず、異なる次元の表象が複数に分裂し、注視する位置によって見え方が変わるのである。ブランカッチ礼拝堂はスタンダール・シンドロームが頻繁に引き起こされる場として言われているが、そのような言語化できないそれぞれの場の力を構造的に解析する本書のくだりは圧巻である。

中沢新一『アースダイバー』(講談社、2005)

東京の現在の地形に縄文地図を重ね合わせて各地を駆け巡ったフィールドノートである。都市の印象はその場の光景や匂い・温度・質感など具体的な物事の連なりによってつくられるものだが、それぞれの場の持つ独特の気配や賑わいには理由があり、土地の記憶が関わっている。たった一枚のアースダイビングマップによって見慣れたはずの都市の相貌が一変したのだった。

向井周太郎『デザイン学──思索のコンステレーション』(武蔵野美術大学出版局、2009)

ウルム造形大学に学んだ氏によるデザインのプロセスと根源を星座(コンステレーション)のように散りばめたデザイン理論の集大成である。氏が影響を受けたとするウルム造形大学学長のマックス・ビルは「デザインの目的はすべて環境形成である」と提起し、建築というモノの象徴性から環境の社会的・文化的な「質」の規範へとデザイン思考の対象を転換した。場の「質」をどのようにとらえるか、今日なおアクチュアルな問題提起であるといえよう。

『季刊 d/SIGN』No.17/『ルネサンス 経験の条件』/『アースダイバー』/『デザイン学』

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