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特集:200912 ゼロ年代の都市・建築・言葉 アンケート<

林憲吾

僕にとってこの10年は、大学で建築を学びはじめてからいまに至るまで、建築と関わりを持つようになった期間と重なる。その過程で、1建築、2批評、3歴史、4都市、5環境と、建築に対する関心の領域を拡げてきた。そんな自分の過程とリンクする形でいくつか列挙する。

1.建築

藤本壮介「N House Project」2001(『SDレビュー2001』より)

人は大聖堂そのものの荘厳さに感動するのと同じように、差し掛けの屋根の下で、熱帯の日射しを避けて涼しげに談笑する人々の姿に心惹かれるときがある。そんな「人と建築との身体的つながり」への豊かな感性が、スラブを積み上げてできたこの作品には漂っている。大学の生協で立ち読み中に初めて出会った藤本壮介の作品で、アフォーダンスという概念が建築化されたような印象を持った。建築写真には、通常あまり人が写り込まないが、この作品の建築写真が撮られるとすれば、きっと人も一緒に写っているに違いない。こうした「身体性」は、ゼロ年代の建築を語る上で、ひとつのキーワードになるだろう。

2.批評

「〈建築〉が消えている」2005.03.25(磯崎新による丹下健三への弔辞より)

丹下健三が亡くなったことは20世紀建築の節目を象徴し、磯崎新による弔辞はゼロ年代を象徴している。都市や社会の中で、建築の存在意義やあるべき姿を追い求めた丹下世代に対して、磯崎とその下の世代は解体・脱構築などをキーワードに、既存の建築に込められた「教条」を崩していった。しかし、その態度自体は、多くの言葉で語られ、むしろ社会性を獲得していた。一方、近年は、そこから言葉が失われ、こうあるべきという「教条」からの自由だけがある状態に近い。そんななか、磯崎が、丹下に成り代わり、冒頭の言葉、あるいは「〈建築〉を構築しようとする意志、それを忘れてはいけない。」などと述べたのは、皮肉ながらも重要な示唆となろう。

『10+1』終刊 2008.03

90年代半ばから日本の建築界での批評的言説の場をつくってきた雑誌が終刊したことは、批評の力への需要が急速になくなっている状況を端的に指し示す事件である。

『10+1』No.1, 50

3.歴史

9.11:アメリカ同時多発テロ事件 2001.09.11

イラク戦争から街角のゴミ箱が消えるまで、世界の状況を一変させた出来事。

「先行デザイン宣言」2004.12(『10+1』no.37 INAX出版より)

建築史からデザインへの革命宣言。デザインを行なう際に渡される紙(大地)には、過去によっていつも必ず線が既に引かれていて、意識的にせよ無意識的にせよ影響を受けてしまう。フィールド調査から浮き彫りにしたこのことを、デザインへと還元する手法まで考案。建築史・都市史研究的にも、陣内秀信らによる大地や街区や建物などの時間的な層状の重なりとして都市を捉える視点に、先行形態という分析概念が加わったことで、研究手法のフェーズが一歩先へと展開した画期であった。宣言文は、ぜひご一読あれ。

先行デザイン宣言(全文)
https://www.10plus1.jp/archives/2004/12/21215326.html

『10+1』No.37

4.都市

世界人口の半分以上が都市に住む 2008(UNFPA『世界人口白書 2007』より)

縮小都市やサステナブルシティなど、ここ10年、都市への注目が高まっている。地球環境や地域社会の問題を考えるうえで、世界で起こっている都市化の動きが重要なトピックとなる。これは、そんな傾向を象徴する出来事。アジア・ラテンアメリカ・アフリカなどでの都市化の拡大、日本やヨーロッパなどの中小都市での縮小、都市と非都市との界面の拡大と相互関係の複雑化など、その課題もまちまち。

『世界人口白書 2007』

5.環境

『IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書』2007(原文"IPCC Fourth Assessment Report: Climate Change 2007")

「エコ」という言葉の流布、ゴアによる『不都合な真実』とノーベル平和賞受賞など、この10年のうちに、環境問題、というより温暖化、さらに言えばCO2が、市井の人々にまで浸透していった。それは、さまざまな懐疑論を生む一方で、あらゆる分野で「エコ」が商品化する過程でもあった。そんななか、本報告書によって、人間活動が温暖化の直接的原因のひとつであるという見解が当時の科学的知見を集約して示された。いわば、「人間の問題」として温暖化への対応を迫る現在の風潮が、今後ますます強まることを決定づけたといえる。だからこそ余計に、環境問題を等閑視するより、ゼロ年代を振り返り、むしろ本当に環境を豊かにするような建築文化とは何なのかを改めて考えるきっかけにもなるだろう。

Climate Change 2007: The Physical Science Basis, Cambridge University Press, 2007/『不都合な真実』

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