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特集:200912 ゼロ年代の都市・建築・言葉 アンケート<

天内大樹

都市に対するゼロ年代のアプローチを3つ挙げる。いずれもある意味で「マッピング」ないし俯瞰に関わっている(ゆえに三者はいずれも重複する)。

第一には文字通りの地図への関心が挙げられる。地図を通して欲望されるのはまず地形であり、土木構築物・埋設物、群としての建築が織りなす都市風景などがそれにつづく。これまで地図は印刷媒体として都市への手がかりを提供してきたが、中沢新一『アースダイバー』(講談社、2005)は読者に想像力を喚起させることで、旧メディア=印刷媒体における地図の可能性を総決算した書物になるかもしれない。この10年で、地図は街中でネットワークから読み込むものとなった。石川初、田中浩也、佐々木一晋らはネットワーク技術を前提にさまざまな像を可視化している。本江正茂が述べるとおり(『10+1』No.42、INAX出版、2006.3)、それらは単に情報技術の拡大という以上に、没場所性に抗するという意味を繰り返し確認すべきものだろう(日本スリバチ学会、日本坂道学会、ドボクサミットなどなども含まれる)。

『アースダイバー』/『10+1』No.42

第二に、場所を含めた日常体験を都市への手がかりにする動きがある。その萌芽的な例は奥出直人『アメリカン・ポップ・エステティクス──「スマートさ」の文化史』(青土社、2002)だが、原克『流線形シンドローム──速度と身体の大衆文化誌』(紀伊國屋書店、2008)は独米日に及ぶ大衆的な科学神話を集中的に追究し、長谷川一『アトラクションの日常』(河出書房新社、2009)は日常生活への「機械」の浸透を場所と関連づけながら活写した。訳書にもジョウ・シュン+フランチェスカ・タロッコ『カラオケ化する世界』(松田和也訳、青土社、2007)がある。これらと都市・建築との関係を訝しむ向きには黒石いずみ『「建築外」の思考──今和次郎論』(ドメス出版、2000)や中谷礼仁『セヴェラルネス──事物連鎖と人間』(鹿島出版会、2005)と瀝青会の活動を参照してほしい。「政治」が祝祭や式典に付随して日常に行き渡るものと解釈すれば、原武史『皇居前広場』(光文社、2003/増補=筑摩書房、2007)もこの系列に入るかもしれない。

『アメリカン・ポップ・エステティクス』/『流線形シンドローム』/『アトラクションの日常』/『カラオケ化する世界』/『「建築外」の思考』/『セヴェラルネス』/『皇居前広場』

第三に、政治が拠り所とする思想や歴史のアーカイヴを「都市」や「建築」から再編成する試みがある。その代表は日本近代建築の営みを各種概念の解釈・認識からたどった八束はじめ『思想としての日本近代建築』(岩波書店、2005)だろう。建築史学的な実証作業を集成した西澤泰彦『日本植民地建築論』(名古屋大学出版会、2008)は、一方では日本近代建築史の再解釈だが、他方で戦後一旦抑圧されながら布野修司や村松伸らの表明で復活した、地図上で近接するアジアへの関心を、地政学的な日本の関与に再び引き寄せたものともいえる。長谷川堯の書物の相次ぐ復刊(『神殿か獄舎か』2007、『建築の出自』『建築の多感』2008、鹿島出版会)も思想と建築批評の蜜月時代を振り返る同列の動きといえよう。この10年に美術、工芸を含め近代日本とくに20世紀初期を回顧する展示も多かった(西村伊作、今純三、上野伊三郎+リチ、白樺派、日本の表現主義など)。

『思想としての日本近代建築』/『日本植民地建築論』/『神殿か獄舎か』/『建築の出自』/『建築の多感』/上野伊三郎+リチ コレクション展/

このアーカイヴには「日本近代建築」以外の枠組みも設定できる。上松佑二『建築美学講義』(中央公論美術出版、2008)は建築と美学の関係に集中した希有な書で、井上充夫『建築美論の歩み』(鹿島出版会、1991;ゼロ年代ではないが)に加わるスタンダードとなろう。手前味噌だが、筆者が翻訳に加わったエイドリアン・フォーティ『言葉と建築──語彙体系としてのモダニズム』(鹿島出版会、2006)も英語圏における建築のモダニズムの語彙を歴史的に辿る。書店の棚が建築家の著書で色とりどりに溢れかえった10年だったが、感性的な惹句に惑わされず、先達の蓄積に自らの思考を重ねる姿勢は建築家にもつねに必要だ。アーカイヴの枠組みも、したがって議論の方向性も異なるが、坂牛卓『建築の規則』(ナカニシヤ出版、2008)も藤村龍至、柄沢祐輔、南後由和の「批判的工学主義」を軸にしたムーヴメントも、そうした姿勢が表われた好例だろう。最後に、『都市表象分析 I』(INAX出版、2000)に続く田中純の一連の仕事は以上3つの論点をカヴァーしているものの、その野心はゼロ年代の総括とは稿を改めるべきものである。

『建築美学講義』/『建築美論の歩み』/『言葉と建築』/『建築の規則』/『都市表象分析 I』

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