美術館の現場から
Dialogue:美術館建築研究――2


Dialoguer[1][3][4]
   黒岩恭介
 
青森県教育庁 美術館整備・芸術パーク構想推進室
 

 
青木淳

 
美術館とコレクション
黒岩恭介
青木写真
▲黒岩恭介氏
▼青木淳氏
●常設展と特別展
 

黒岩――美術館とは何かというと、基本的にコレクションだと思うんです。美術館だってひとつの博物館ですから、古今東西いろんな作品を集めたい。でも実際には物理的にも経済的にもそれができないのでどうしているかというと、時代を区切って地理的に限定したコレクションをする。そして美術館のアイデンティティがコレクションによって形成されているんです。
美術館と博物館のコレクションのシステムは違います。博物館は発掘されたものは何であれ、事実として当時のことを知るうえでの材料として、美学的なことは抜きにコレクションの対象になります。民俗資料館も同じです。ところが美術館の場合は価値のフィルターがある。美術では同時代の中でもいろんな作品がつくられていて、伝統を追う人もいれば時代の先端を走る人もいて、その間の振幅に幅がある。美術館はそれを全部集めるわけにもいかない。けれどもその時代の状況を伝えるのが美術館の役割だとすれば、歴史を参照しながら時代をよく表現している作品を集める。印象主義の時代を例にとると、当時アカデミックなものが優勢だったんですが、それは今の時点から振り返ると、あたかも存在しなかったかのように忘れられ、当時よく理解されてなかった、時代の最先端を走っていた印象派が、まるでその時代にはこれしかなかったかのように美術史は形成されていて、コレクションの対象になっているわけですね。また、美術館というのは歴史的な資料を収集するところですから、同時代のものを収集するのは果たして可能かという問題がありますが、現実には現代美術館があります。歴史化されていれば問題はないのでしょうが、同時代を扱う場合は歴史化の過程を美術館が担うことになるわけです。これまでは美術史家や批評家がやってきたり、歴史的淘汰によってなされてきたことが学芸員の仕事になり、さらに学芸員は展覧会を開催したり、コレクションを通して、美術の歴史に大きく関わるようになってきています。美術館がとりあげたものが歴史になる可能性が大きいのだから、学芸員は歴史的な視野を広げてアートを見つめる必要があるわけです。だけど現在、日本だけでもないのですけれど、現代美術を取り上げている美術館の中には、単なる流行だとか、サブカルチャーに依存する美術に目を奪われて、それに光を当てようとするところが多いような気がしてます。美術館がテーマパーク化する状況は、やはり問題あり、と思います。で、もう一度美術館の役割や責任を考え直す必要があると思いますね。

現実問題として充分なパーマネント・コレクションを形成し、見せていくのは非常に難しい。そこで、足らないものを作家本人や他の所有者から借りてきて、その作家の仕事の全体なり、ある時代の流れを包括的に見せていくということを美術館はせざるを得ません。それがテンポラリーな展覧会の基本じゃないかと思います。パーマネント・コレクションを補完する展覧会です。ところが日本ではパーマネント・コレクションの展示、いわゆる常設展示には人が集まらない。日本独自の状況として、集客のためにデパートが美術展をやってきました。これが、おそらく悪影響を与えていて、一般の人たちの意識にも、コレクションとは無関係に、特別展を見に行くのが美術館に行くことだ、ということになっている。これは美術館で働いている者としては悲しい状況です。もっとコレクションに注目してほしい。美術館は地域に根ざして活動しているから、コレクションというのはその土地の特色が出るし、美術館の独自のポリシーが最も良く出ます。ここに来なければその作家の作品が見られないはずで、それを目指したいんです。美術館に対する意識の変革は難しいだろうけど、これからはコレクションの特色を説明していくという地道な活動をしていかなければいけないと思います。


 
イベント空間の対極にある
美術館
青木写真1
 

青木――美術館はイベントホールではない、と。僕は、磯崎さんの事務所で水戸芸術館の設計をやらせてもらったのですが、水戸芸術館は、今のお話とは逆に、作品収集を行わなず、企画だけでやっていくという考えでつくられた施設でした。だから、最初から、それは美術館と呼ばれずに、ギャラリーと呼ばれていました。そこでは、美術館というモノをつくるというより、美術館というコトをつくろうとされていたのだと思います。美術館という空間より、そこで行われる活動において、それは美術館であるという考えですね。これは、日本の多くの美術館が、箱はあっても、活動としては全然ぱっとしない状況のなかで、今までひとつの批判として機能してきたと思います。ですが、確かに美術館というコトが重要だとしても、それがそのまま、美術館の本質とは学芸員の頭のなかにある企画である、という答えにストレートに辿り着くわけではありませんね。なのに、現実としては、最近の傾向として、学芸員が立てる企画の方が作家が実際につくることより表に出ているという事態になっている。前回、お話を伺った磯崎さんは、そういう状況を支持しているようでした。しかし、それでもこの世の中にはやはりものをつくる人が存在しているわけだし、そのつくるということをとても大切なことだと考えるならば、果たして本当に美術館は学芸員の頭のなかにあるものと割り切れるものなのか、もう一度考えてみるべき問題だと思います。黒岩さんがコレクションと言われるとき、それは必ずしもだから常設展示が重要だというのではなく、つくることあるいはつくられたものをもっと大事にしなければ、ということだと思います。美術館とは、誰かがなにかをつくっていることから始まるものだ、と。だからこそ、そうしてつくられたものを、なるべくそのつくられた意図どおりに見せることが大切で、そういうことが実現されている空間においては、見る人とつくる人の距離がなくなっている。そうなれば、美術館は、一度行ってみればそれで済むというのではなく、何度も通いたくなる場所になる。それはイベント空間としての美術館というのとは対極にある考え方だと思います。
黒岩――ヨーロッパにはクンストハレという展示専門でコレクションのない空間があるじゃないですか。そういうところって何もやっていないと人は訪れない。
青木――ただの会場ですからね。


 

作品にふさしい空間
――ホワイトキューヴ
サイトスペシフィック

黒沢写真5
 

黒岩――コレクションというのには矛盾があって、もともと作品というのは美術館にあるものではなかった。たとえば教会のような建築空間と一体になって、教会を装飾するものだった。アーティストは絵画や彫刻にも建築と同じ芸術性があるとして、建築からの自立を目指したわけですね。そうすることで作品が生きるにふさわしい空間を喪失したわけです。建築のくびきから脱することで、作品はどこでも持ち運べて展示ができるようにはなったんですが、ではその作品にふさわしい空間はどこなんだろう。たぶんアーティストは「僕のイーゼルの上」と言うかもしれません。おそらくそういう作品がルーブル美術館のようなところでガラスケースに入っている。あれは本来の場所ではないんです。美術館自体は作品の本来的な空間ではないんです。でも、そういう歴史が続いていて、美術館がないと作家の方も困るわけですし、戦後になると美術館を前提にして作品をつくるようになってきています。といまのアーティストはみんなそうなっていると思います。発表の場はいろいろありますが、美術館をその発表の場として選択した場合には、特定の展示室を想定して作品をつくる。作家が美術館の空間のために作品をつくり、美術館もそのための空間としてつくり込まれていく。コレクションという観点からそういうことを考えると難しい問題が発生するんですね。
僕の経験から言うと、あるアーティストにこの空間に展示する作品をつくってほしいと依頼すると、アーティストはその空間をめいっぱい使って作品をつくってしまう。したがってせっかくその空間にふさわしい作品ができあがってコレクションしたいと思っても、物理的に収蔵空間がなくなってしまうんです。パーマネントにその空間を占領されると他のことがもう何もできなくなる。だから、これからの美術館は巨大化の一途を辿るのではないかというのが方向性としてあるんです。
青木――どんどん増殖しなければならない(笑)。
黒岩――僕は行ったことはありませんが、アメリカのマサチューセッツでもパリでもバカでかい美術館をつくっていますね。かつては、ルノワールやモネやセザンヌなど複数のアーティストでその時代の傾向を見せるのが普通だった。しかし、いまはひとりのアーティストをいかに深く見せるか――ワンルーム・ワンアーティスト――が主流になっている、と。
青木――収蔵庫と展示室という2つの空間があって、その中身の入れ替えをしているというのが従来的な美術館のイメージですけれども、そうなると、展示室自体が収蔵庫を兼ねることになる。一度そこに作品を入れたらもう動かせない。たしかにそういう方向はあるかもしれません。しかし、だとすれば、そういうときの展示室/収蔵庫は一体どうなるのでしょう。もしそれが無限に増殖し反復するホワイトキューブの集積だとすると、それはそれで面白いイメージもあるけれど、なにかひっかかる。たしかに、今の作家の多くは、作品が設置される特定の空間として、ホワイトキューブを想定しているかもしれない。でも、そのホワイトキューブもまた、そこに設置される作品を想定して築き上げられてきた空間であるわけです。そこには、トートロジーのような閉じた共犯関係がある。それを固定して、そのまま敷衍していくと、なにか美術という運動が終焉してしまうような淋しさがありませんか。作家にとって、本当に、ホワイトキューブが理想の展示空間なのでしょうか。
黒岩――アーティストは与えられた空間で考えるでしょうから、それがホワイトキューブであれ通路であれ、創作意欲をかき立てる空間であればどこでもいいと思うんです。以前ショックを受けたのは、アーティストに美術館を案内したときに、展示室が一番おもしろくないと言われたことですね。学芸員が日頃意識していない避難通路とかエントランスといった空間がアーティストを喜ばせた。それは建築的にはおもしろい空間だと思いますね。
青木――たしかに通路に添ってどこまでも続く作品をつくる作家もいますね。
黒岩――作家にすれば展示室であろうとなかろうと、また美術館である必要もないんです。
青木――まずそこにキャラクテリスティックな空間があるべきだ、と。その意味では、ホワイトキューブもまたキャラクテリスティックな空間であったわけです。ホワイトキューブは、基本的には、ポータブルな作品に対応して生まれた無個性の空間だというのが一般的な理解であるけれど、それでも四角い部屋というキャラクターは失ってはいない。4つのコーナーの存在は尊重される。空間が縦横高さのスケールとプロポーションとそこに満ちている光の状態だけに還元されているとは言え、それは部屋としての基本的要素を失っていない。それと、こういうふうに抽象化された空間は現実の他の空間にはまずないわけで、それだけでも強いキャラクターを持っている。無個性であろうとする個性というか。無個性であるゆえにオートノマスな作品の展開を許容し、個性があるゆえにサイトスペシフィックな作品の展開を可能にする。そこが、ホワイトキューブがここまで決定的な展示空間になってきた秘密だと思います。だけど、サイトスペシフィックな作品の展開を強調するなら、なにもホワイトキューブである必要もない。また、その作品が一度設置されたら永久にそこに保存されるなら、その意味でもホワイトキューブである必要はない。では、どんな空間が展示室/収蔵庫として相応しいのか。まさかどんな空間でもいいというわけではないわけですね。
黒岩――美術館は作品を前提にしてつくりますよね。サイトスペシフィックを感じる場合は、本来は別の目的のためにつくられた空間があって、作品をそこに設置する必要があると思うんです。
青木――逆に言うと美術館ではほとんど不可能というわけですね(笑)。
黒岩――そうですね。前に河原温と、美術館の空間はどういうのがいいかという話題になったとき、温さんはロサンゼルス近郊のパサデナにあるノートン・サイモン美術館がいいと。そこには昔、一度行ったことがあるんですが、個人の邸宅なんですね。だから壁が湾曲していたり、階段が異常に装飾されていたりして、アメリカの大金持ちの家というイメージなんです。僕はホワイトキューブという先入観があったから全然いいと思わなかった。展示室としては使い勝手が悪いし、壁は白くないし、作品がよく見えないんじゃないかと言ったら、温さんはだからこそ、そんな空間が良いのだ、とそう言うんです。でも最近、フランク・ゲーリーが改装してホワイトキューブにしてしまったという、雑誌の記事のことを、彼に話したら非常にがっかりしてましたけど(笑)。


 

●青森県立美術館
――青木淳の方法?

青木写真2
 

青木――展示室としてつくられていないなんらかの空間というところがよかったのでしょうね。その空間をその空間あらしめているなんらかのしっかりとした論理がある。そして、その論理がしっかりとしていればいるほど、そこにはここにこんな作品を想定するという論理が忍び込む余地がなくなる。そうなってはじめて、作家はそこで自由に振る舞うことができる。あらかじめそこでやるべきことが想定されている空間は、余計なお世話というわけですね。とはいえ、現実問題として、美術館をつくるとき、だからそれを住宅としてつくるとか、だからそれを小学校としてつくる、ということは、まずできそうもない。では、どうすればいいのか。そこが美術館をつくるときの難しい問題だと思います。しかし、考えてみると、それは住宅としてつくられたからいい美術館だというわけでも、小学校としてつくられたからいい美術館になるというわけでもなく、そこに展示という行為を想定しない、なにか筋の通った別の論理によって構築された空間があるから、逆に美術の展示が可能になるのだ、と言い換えていいのではないか、というふうに思っています。
青森県立美術館の提案は、土を削り取ってできた空間をそのまま展示室として使うというものですが、それは僕が土が好きだからということでは全くないわけです。たまたま隣に遺跡があって、その遺跡が青森にとって重要だということがあるから、その発掘現場をここまで延長してきたらどうか、と。
黒岩――美術館の入る公園全体のグランドデザインは、縄文を意識して公園をつくることになっていますね。地形的にも当時の、縄文の森を復元するというのがコンセプトです。
青木――そういうところで美術館を建てるにあたって、どうしても自分の表現になってしまうけれども、自分に由来しない、しかし論理的なつくりかたをするにはどうしたらいいのかということを一番に考えたわけですね。
黒岩――それは青木さんの方法論ですよね。自分をできるだけ出さないでほかに仮託してしまう。
青木――自分のなかにあるものを表出する、つまり表現行為というのは個人的に好きでないということはあるかもしれません。でも、それだけでなく、作品に先回りすることなく、しかし作家がこでつくることを誘発するためにはどうしたらいいか、そのひとつの答えが、この案だったわけです。その空間は、そこに当然の如く存在していなければならない。しかし、そのために、住宅とか小学校とかを持ちだすこともできないから、発掘現場だったのですね。
とは言え、そういうことが本当に作家の人たちに受け入れてもらえるのかどうか、ちょっと自信がない。というのも、最近では作家もまた美術館を構想するようになっているわけだけど、たとえばジャッドの建築計画は、少なくとも僕とはぜんぜん違うベクトルを向いている。


 

●アーティストの建築作品

黒岩写真1
 

黒岩――しかし、ジャッドは建築そのものをつくるというよりもすでに存在する建築を手直しするのがほとんどですよね。
青木――マーファはそうですね。しかし、実現はしていないけど都市計画もふくめていろんな計画をやりましたね。
黒岩――建築の本もある。
青木――そう。だけどそもそも、どうして作家がだんだん建築の空間を構想するようになってきたんでしょう?
黒岩――シャガールやマチスに教会での仕事は例外的にあるけれど、モダンアートの流れ自体が建築との絡みの仕事はしていないんです。かつてルネサンスやバロックの作家は建築がらみの仕事がメインだった。おそらく20世紀のアーティストが過去の作家と比べて最も不得意な分野は、そういうモニュメンタルな建築がらみの仕事なのではないかと思います。現在の作家のイメージには、ひとりでアトリエにこもって孤独な制作に打ち込むというロマン主義的な作家像がずっとあるけれども、もともとアーティストはもっと大きい仕事をしてきたんです。現在のほうが例外的だとも言える。その反省がまずあって、アーティストは過去のアーティストが成し遂げたことをやりたくなってきた気がするんです。手足となって働いてくれるコンピュータや大勢の人との共同作業が社会的にも認められてきた。単にビルを建てるのではなく、そこにアートのための予算を割くようになっている。機能だけでなくアーティスティックにデザインを考えなければならない。都市計画もアートの視点を入れて構築しなければならない社会の要請があると思います。アーティストはそれに応えなければならない。いろんな技術者と協同してものをつくらなければならない。デザインも含めて構造の計算など専門家と一緒になってモニュメンタルなものをつくっている。
青木――社会的要請はそうなんでしょうけど、その上に乗ってしまえば、またアートを閉じこめてしまうことにはならないでしょうか。例えば橋をつくる場合に、あれは土木の分野ですが、機能性、経済性、安全性という観点だけでつくってきた世界ですね。でもそれだけだと景観を壊し、街に対して迷惑きわまりないことになるんじゃないかということになって、土木の分野でも美学的なことを追わなければならないという気持ちがでてくる。それでどうするのかというと、コンクリートでつくるけど石を積んだように見せるとか、それようの予算をとって、変なことを始める。そしてそういう要請に対してもしアートが関わってくるのなら、それは機能的問題に付加される美学的問題という構造を追認するだけのことなのではないか、と思うのです。そうであれば、作家は日常的な機能的世界の外の安全なところに居て、つまりあいかわらずロマン主義的な作家というものの位置にとどまりながら、必要に応じて社会から召喚される者としての役割を繰り返してしまうのではないか、と。ないものねだりなのかもしれないけれど、美学的立場に立っている人には、そもそも機能に付加されるものとしての美学というのではなく、そういう見方そのものを変えてみせてほしいですね。
黒岩――ステラの場合しか知らないんですけど、セーヌ川に架ける橋のモデルなんかを見てると、たまたま橋として利用することもできる巨大な作品だという感じがしました。アーティストはやはり第一に鑑賞の対象としてつくる。人が渡れたり、建築的なものだと、人が出入りし集会にも使えるという実用に供することもできるというイメージじゃないかな。


 

イリュージヨンから抽象へ
――絵画と次元

黒岩写真7
 

青木――どうもそういう傾向があるみたいですね。でも、ステラの場合、本来はそうなるはずじゃないと思うのです。ステラは、絵画からはじまって、立体的な作品をつくるようになったわけだけど、それは絵画というものの自立的展開、論理的展開としてそうなっていったと。絵画は絵画そのものとして自律する方向に進み、それがイリュージョンから抽象への流れを生み、そして、抽象になると、キャンパスや絵の具などメディウムになっている媒体のほうが見えてくる。イリュージョニズムにおいては媒体を消すことを求めていたのに対し、抽象になると媒体が見えてくる。
黒岩――それはグリーンバーグが言っているんですね。伝統的な絵画はフラットな平面を前提にしているんですが、それは見えなくされていて、その平面上に表現として奥行きのある無限の空間を見せる技術が、イリュージョニズムであり、その結果がナチュラリスティックで、トラディショナルで、リアリスティックなアートであると。それが近代になると、画面がだんだん浅くなってきているということに、グリーンバーグは目を向けるんです。マネの《オランピア》などを実例として挙げて、絵画の本質は平面なのだから、フラットに近づく流れが絵画におけるモダニズムの流れであり、支持体の表面が絵画そのものになるのが究極の姿なんだという論理を展開する。でもよく考えてみると、フラットになってしまったら物体になってしまう。フラットな平面というのは実在しないんですね。グリーンバーグは彫刻と絵画というディコトミーから逃れることが出来なかった。イリュージョニズムでは絵画は彫刻のお世話になってきたが、近代化の果ての絵画は彫刻とはかけ離れたと言う。僕は絵画はそもそも三次元にあるものだと考えているんです。絵画がフラットになってしまったら彫刻と同じような立体にしか見えてこない。それを絵画と呼んでいいかどうかは別として。
青木――絵画がその平面性を人に幻想させるために必要としていた額縁を外したとたん、その3次元性が丸見えになってしまった。
黒岩――ありえない平面、二次元性を意識させるために額縁をつける。つけることによってそのなかの平面が本当にフラットな平面であり、モノではないように見せるという働きがある。しかし、取り去ってしまうと三次元の物体でしかなくなる。もう絵画とは呼べなくなるんですね。フラットな面に色を載せたり線を引いたりすると、われわれの目はイリュージョンを意識してしまうから、ジャッドなんかはいきなり平面を捨てるんですね。ステラは徐々に立体化のほうに向かう。
青木――図と地を消していく方向に向かう。
黒岩――そういう作品はもう絵画と呼べない。ほかにいい言葉もないので抽象と言うほかない。でも、それは絵画のほうから発生している問題なんですね。
青木――彫刻から出てきた問題ではない。
黒岩――そうなんです。絵画的な問題はもう、絵としては現われないけれどもインスタレーションとしてはすべてそうなっている。
青木――絵画が自動的につくってしまう図と地というものがあって、平面に向かおうとすると図と地を消す方向になる。そこで額縁を外すと、今度は美術館の部屋が地になって絵が図になってしまう。だとすれば、作品とそれが置かれる空間はどっちが図でどっちが地かわからなくするというのが次の展開なのではないかと思うんです。ここからはもう暴論ですが、しかし、僕には作家がつくる多くのものはやはり図に見えるんです。平面に向かう意志というのが絵画だとすれば、それはおかしいんじゃないか、と。図と地を消す、その2項対立を消していくというのが絵画の流れだとすれば図をつくってはいけないのではないか。だから地か図かわからないというのをつくればいいのにと思う。そういうところで、美術館や都市空間のアイデアをつくればいいのにな、と(笑)。


 

●都市における図と地の反転

青木写真5
 

黒岩――それは極論だな(笑)。自然の中に何かを構築すれば、自然が地になって、構築物が図になって見えてしまうのはどうしようもないですよね。
青木――いや、そうでもないと思います。自然が図に見えるように、構築物をつくることも可能であるのじゃないかな。
黒岩――室内空間の中では可能かもしれない。展示空間の中で地としての建築を図に見えるようにしたり、その逆にしたり、地か図かわからない状態にするのは可能性としては考えられるかもしれない。
青木――実際に都市というのはそういうものだと考えられてきました。昔のローマの地図で、ノリの地図というのがありますが、これは建物が黒く描かれていて、道が白く残されている。ただ、教会の礼拝堂のように誰もが入れる内部空間もまた白く残されていて、道、広場、公的内部空間がひとまとまりの空間として描かれている。そうすると、道が地であり、建物は図であるとは、必ずしも言えない。むしろ、道や広場や公的空間のかたちを成り立たせているものが建物によって縁取られているようにも見えるわけで、そういう見え方においては、建物が逆に地になっている。こういう図と地の反転が可能なのが豊かな都市という神話さえある。もちろん、東京はこういう都市の構造を持っていないわけで、今見えているところが常に図であり、その向こうが常に地を形成する、というような不思議なあり方の図と地の反転を見せているけれど、いずれにせよ、都市について考えるときに、こういう図と地の反転は欠かせない視点だったわけです。
黒岩――いわれてみれば青森の展示室もそうなんでしょうね。
青木――そうなるといいのですけれど(笑)。ただこのことは、実は、絵画の問題と平行することなんではないか、と。絵画がもし本当に、奥行きをなくす、平面的にするということを目指す運動だとすると、そこから3次元空間でしかない絵画ということにぶち当たり、そしてそうなら、次に3次元空間にさえ僕たちが感じてしまう奥行き、あるいはそれを図と地と言い換えてもいいのですけれど、それをどう解消するかという問題につながってくると思います。それをスーパーフラットと言ったところでしようもないことで、むしろ図と地をどのように扱うかということにきちんと答えを出すところから、絵画的展開としての街に対する答えがやっぱりあるだろうと思うのです。
黒岩――おもしろいですね。僕はインスタレーションまでは考えるけどその先のことは考えていないから、三次元の中で地と図の問題を延長して考えるという発想はなかった(笑)。


 

メディウムとしての建築/
美術館のディズニーランド化

黒岩写真3
 

青木――いや、僕にもないです(笑)。だいたい、建築はいま逆行している。美術館という建築もまたそうですが、それはそれ自体としてあるのではなく、その背後にあるものの支持体として機能します。美術館の場合は、美術作品の支持体としての機能をもっている。つまり、建築は絵画における絵具やキャンバスのように常にメディウムなんです(笑)。
黒岩――メディウムとしての建築か。おもしろいな。
青木――そこまではいいんです。でも、それがメディウムでしかないという意識が生まれたとたん、建築は絵画とは逆に後ろに戻りだした。その最たるものがディズニーランドの建築です。建築の空間というのは何か意味を与えたり、伝えることができます。例えば、古い倉庫に積まれた煉瓦が100年の歳月を経て黒光りして非常にいい状態にあったとすると、そこから100年間という時間の意味が伝わってくる。そういう倉庫を改装しようとするとおそらくほとんどの人はその煉瓦を活かしてやろうとするでしょう。そうすることは普通とてもいいことだと思われているのだけれど、しかし僕はそうは思わない。なぜかというとそれは物質がたまたまもってしまった意味をより補強したり、もっと伝達可能なものにすることで、それは建築をメディウムとして扱うということだと思うからです。ディズニーランドはまさにそうで、集まってくる人たちに、どういう気持ちにさせるかというのが先にあって、その気持ちにさせるためにはどういう空間が必要かというふうにつくらている。空間をつくっている物質的な意味が非常に低く位置付けられている。山があって洞窟の中には行ってみると石がある。でもそれはただ塗ってあるだけのこと。それはもう物質じゃない。それぐらい本来の物質性が弱められて軽蔑されている空間はないと思います。
黒岩――でもそのメディウムは見えないんじゃないですか?
青木――だから、絵画のイリュージョニズムと同じところまで逆行しているというわけです。
黒岩――なるほど。そういう意味でディズニーランドがあるということですね。
青木――ええ。ディズニーランドの洞窟の内部を勝手にカメラで撮影すると怒られる。以前ディズニーランドを取材させてもらって、洞窟のなかにスプリンクラーがあるのが面白いから写真を撮ったらクレームがきました。みなさんに洞窟という夢を与えようとしているのだから、そういうふうに幻滅させてしまっては困るんですって(笑)。イリュージョンを与えているのでイリュージョンだけ見てくれ、イリュージョンを与えているメディアを見ちゃいけない、というわけですね。しかし、ことはディズニーランドのようなエンターティメントのためにつくられる建築だけでなくて、もっとシリアスな建築にも同じような風潮が強まっていると思います。改装のときに煉瓦を残し強調するということに何の抵抗も感じないまでに浸透していると言ってもいいのではないかしら。
黒岩――建築って言ったらガラスとかコンクリート打ちっ放しとかそういう世界かと思っていましたが。
青木――それはほんの一部の傾向で、もしかしたらそういうものも含めて、イリュージョニズムが承認されてきている過程のようですよ。
黒岩――じゃあ建築はまだモダニズム以前だと?
青木――モダニズム以前ですか(笑)。そうかもしれませんね。いやむしろ、18世紀に「語る建築」というアイデアが出てきたのですから、それ以前はもしかしたらイリュージョニズムではなかったかもしれません。また、建築のモダニズムにもノイエ・ザッハリッヒカイトという時代があったわけで、それはイリュージョニズムではありませんね。ところがその後、ポストモダンの時代に相俟って、記号論とか意味論が出てきて、いつの間にか、また一周して元に戻ったらモダニズム以前になっちゃった。グリーンバーグの時代はこれからなんですかね(笑)。
黒岩――いま美術館はディズニーランド化しているじゃないですか。
青木――ビルバオにしても、ポール・ゲティにしても。
黒岩――ビルバオにしてもテイト・モダンにしても。テーマパーク化して人を集める傾向にあって、美術の歴史をバカにしたような展示をやっている。ニューヨーク近代美術館もそうなっている。それは時代が求める傾向なのかと心配になっているんですが。
青木――うん、根っこは同じかもしれませんね。現実の世界におけるイリュージョニズムというのは物自体に価値を置かないということですから。たしかに、物自体はひとつひとつ意味を担っているけれども、並べ方次第では意味が変わってきてしまう。モンタージュによっても意味が変わってしまう。ディズニーランド的展示にすると全然もとの意味が変わってしまう。それは物そのものがもっている意味が、それ自体はどうでもいい単なる記号ということなのかもしれないですね。ビルバオは、そういう展示の方法を必ずしもとっていないと思うけれど、ともかく観光バスがいっぱい来ている。
黒岩――あんなに成功すると悪く言う人がいないんですね。テート・ギャラリーの新しいところも、いままでさんざん批判していた連中もあれはいいと言う。
この場合の成功というのは、観光地としての興業的成功ということでしょうね。同じ旅でも、トラベルとツーリズムとは違うわけで、ひとりの個人としてある場所であることに遭遇するというのがトラベルだとすれば、ツーリズムはともかく知らないところに行ってみるということでしょう。黒岩さんが、コレクションをと言われるのは、そういうツーリズムのための美術館では駄目なのではないかということですね。現実の美術館が、どんどんトラベルからツーリズムになってきていることが許せない。

黒岩――大きな流れとしてそういうのがありますが、僕はすごく抵抗がある。
青木――それは美術館というものだけでなく、現代に対する大きな批判だと思います。


 

●美術館と社会の接点

黒岩写真2
 

黒岩――日本だけでなく世界的な流れとして、美術館はできるだけ収益を上げなさいという方向に向かうんでしょう。独立行政法人化にしても根っこはそうですね。美術館ではなくゲームセンターならぬアートセンターです
青木――日本では、美術は明治時代に見世物から分離してきた生い立ちだったらしいですが、そこに再び戻っていくのかな。
黒岩――それは建築も荷担してやるようになるんでしょうか。それは問題があるよ、という意見がもっと出てもいいと思うんですけど、それがいいことだという風潮があまりにも強い。21世紀に生きる人間としては情けない。
このあいだフランク・ステラがアメリカ大使館に呼ばれて、アメリカン・センターでレクチャーをやるというんで聞きに行ったんですけど、彼はニューヨーク近代美術館で大きな個展を二度もやって、だいぶお世話になっているのに「いまの近美はダメだ」と愚痴ばっかり言っていました

青木――見世物小屋に近づいたということですか?
黒岩――そう。あとキュレーターや館長がそういう方向に走っていて救いがたいと。アーティストはいろいろ個性があって、なにをやろうと構わないけど、学芸員も管理事務の方も、それに荷担していると言っていた。
青木――アメリカの美術館はそもそも財団法人ですから、日本と違って自分たちでお金を集めていたわけでしょう。だから、そういう方向に行くことはある意味で必然なんだけど、それでも今まではアメリカの学芸員はそれをアリバイにしながらも違うベクトルでやってきた。でもそのベクトルがもうない。
黒岩――そうなんです。
青木――しかし、日本は学芸員の方がそのようにお金を集めなくてもいいのでしょう?
黒岩――僕は前にお金を集めたら叱られた。みっともないことするなって(笑)。いまはそんな時代じゃない。独立行政法人になると、単年度予算の枠がとれちゃうから、収益があがったら貯めることができて次の展覧会に使える。また将来を見通した計画も無理なく立てられる。それはそれでいいことだと思うんですけど。
青木――ある程度は、社会と接点をもつためにそういうこともやった方がいいと思うんですけど。
黒岩――アメリカなんかはそれが館長のメインの仕事だから、館長になると学問的なキャリアはそこで終わってしまうなんて言われます(笑)。集めたお金を有効に使えばいいんですけど、迎合するほうに行ってしまう。アメリカでは協賛している企業が大きく宣伝を出すことはなくて、例えばMoMAのステラ展なんかでは一社が何億も出してスポンサーになりましたが、表に出ることはあまりなかった。社員に向けて自社の活動に誇りを持つよう、アピールしたぐらい。前に60年代の展覧会カタログで読んだことがあるんですけど、つねに革新し動いていく現代美術と会社の理念とが一致するんだ、会社は常に変わっていかなければならない、われわれはそのような現代美術に出資できて嬉しい、なんてことが書いてあった。アメリカは文化的なことに利益を還元することに対して誇りをもっていた時代がずっとあったんですが。

[2001年1月13日青木事務所にて]