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森山学

青土社、2000年10月発行
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本書は先に出版され昨年新装版の出た同著者による『風の変様体』の続編である。『風の変様体』は1971年から1988年まで、本書は1988年から2000年までに伊東豊雄が雑誌に発表したテキストを各々、年代順にまとめたものであり、まさに彼の「建築クロニクル」と呼ぶにふさわしく、この二冊を通読することで彼の建築理論の変遷を窺うことができる。私自身、伊東豊雄のお膝元、熊本県八代市にて教鞭をとっているため、今回の書評は伊東の理論の変遷を整理できたいい機会となった。
さて本書のタイトルにある「透層する」とはどういった行為を指すのだろうか。おそらく読者は伊東が20年前に翻訳したコーリン・ロウの『マニエリスムと近代建築』におけるル・コルビュジエ解釈をまずは思い浮かべるのではないだろうか。ロウによれば、1920年代から30年代に至るル・コルビュジエの作品はスラブや壁面が相互にコラージュされることによって生まれる「虚の透明性」という性格を有している。このフィジカルには不透明な層が「透明性」をもって重ね合わされると解釈された設計手法にこそ「透層」という言葉の起源があるように思われる。一方、伊東はその言葉の由来について自身の個展〈Blurring Architecture〉に言及している。Blurとは「相互に溶融して境界がはっきりとは定まらない状態」であり「透層する」に対応するが、「透層する」の方はより実践的な概念であると位置づけられる。しかし彼自身の言葉をもってしても「透層する建築」をイメージするのはなお難しい。やはり彼の思考過程を追っていくしかない。
冒頭で述べたように本書は『風』の続編であるから『風』での思考を引き継いでいると言ってよい。『風』での伊東にとって、建築はけっして身体を抑圧するフォルマリズムとしてではなく、彼自身が毎日の都市生活を通して身体に蓄積した流動的な都市のイメージやリズム感を、その溶融した状態のままに、つまり風の如く、写し込むことによって成立するものであった。それは何より《中野本町の家》(1976)の中を残像を残しつつ疾走する少女たちの写真によく現われている。または《東京遊牧少女の包(パオ)》(1985)で想定された都市――バブル絶頂期のTOKYO――生活を享受するノマドのように生活する少女。しかし伊東はこの時点で既に定住したまま移動すること、流動しつつ実体化されること、といったドゥルーズ的難問にも直面している。
彼の理想も難問もそのまま『透層』で継続されている。上記のように都市が建築空間の源泉となりえるのは都市での消費生活が現代生活のリアリティであると考えるからである。建築家は消費社会を否定するのではなく、消費の海を泳ぎきり、その対岸にこそ何かを発見しなければならない、と述べる。ただし『風』時代の少女が一方でシニカルな存在でもあったのに対し、《東京遊牧少女の包(パオ)−2》(1989)ではその少女像を、むしろその消費生活から未来を切り開いていく可能性を秘めたポジティヴな存在として捉えなおしている。新しい包(パオ)を宇宙船のメタファーとしてデザインしたことは、結局彼の批判するフォルマリスティックな操作に陥っていると言えるが、都市の消費生活を全面的に肯定するように『透層』に至って決意しえたということは、伊東のひとつの転機とも言えよう。
『風』と『透層』とのより大きな相違は伊東自身指摘しているように、分冊の時期が初の公共建築を手掛けた時期と重なる点である。《八代市立博物館》(1991)は単に初の公共建築というだけでなく、理論形成過程の上でも重要なメルクマールである。これを契機に彼は二つの課題に取り組むこととなる。ひとつは「公共性」を問うという作業である。それまでは流動性という理念を実現するべく建築をフィジカルに開放しようとしてきたと思われるのだが、ここでは社会的開放性こそが問われることとなる。伊東は現代生活のリアリティからかけ離れてしまった公共建築に死を宣告、あらゆる建築は目的地ではなく移動の通過点にすぎないとする。《八代広域消防本部庁舎》(1995)は伊東の理想的公共建築を示している。消防署の機能と都市の機能が相互に曖昧な層をなし、浸透し合い、両機能の社会的に透明な関係を成立させている。実際、設計者の意図を受け継いでか、「くまもとアートポリス」の力によってか、この消防本部庁舎も《八代市立保寿寮》(1996)も訪ねていくと大変好意的に迎えていただける。消防本部庁舎の方は毎年評者が勤める学校の1年生が施設見学でお邪魔している。伊東はル・コルビュジエの透明性の概念が芸術の範疇に止まり、社会性を獲得しえなかったことを他所で指摘しているが、この両施設においては伊東が職員と一体となって社会的透明性を達成しえている。つまり「透層」のひとつのありうべき姿を伊東が発見したと言えるだろう。
二つめの課題は都市の体験を重ねてきた伊東の身体に、非都市的な体験が重ねられたことに起因する。彼は新たな建築言語として自然を発見することとなる。これを従来の彼の理論にいかに統合していくかが第二の課題である。それまで都市の消費生活における流動性にこだわってきた伊東だが、自然の内にも流動性という性質を見出したことで、第一位に流動性という概念を位置づけ、その概念の下に自然の流れと電子の流れといった二つの流れを包含する考えにシフトする。「21世紀の幔幕――流動的建築論」(1990)は伊東自身述べているようにその後の彼の建築理論の基礎を築いたテキストである。ここで彼は幾何学によって宇宙と調和するウィトルウィウス的人体像を、水の流れの残像を留める流動体としての人体像に置き換える。人体はこのように本質的に自然の流れそのものであり、現代人はさらに都市、特にさまざまな端子を介した電子の流れとしての人体をも生きている。これに呼応し建築は自然や都市といった環境に対しさらなる流動化、開放化を推し進め、最終的に包(パオ)のような薄い膜で覆われることさえ乗り越え、同化するべきであるという結論に達する。各々の機能という層が互いに浸透し同化するためにはその層の間の表層が最小限の形式で成り立たねばならず、ここでその表層こそが伊東の建築の成立基盤となってしまう。ここにもうひとつの「透層する」という実践的手法が見出せる。シミュレイテド・シティ、メディア・シティ、サランラップ・シティという伊東ならではのキーワードは全てこの表層をテーマにすることで生み出されたのである。
ボードリヤールによれば、消費の氾濫するハイパーリアルにおける世界は、ベンヤミンの言葉も空しく、オリジナルとコピーの二項対立さえ解消され、全てが意味を喪失した記号・シミュラークルと化し、さらにそこからシミュラークルが再生産されるといった状況、シミュレーションにすぎないものとなる。伊東はボードリヤールと同様にあらゆるものがシミュレーションであるとあまりに易々と容認してしまう。家族でさえも各個人がメディアを介して社会に直接顔を向け、家族には二次的な顔しか見せないシミュレイテドなものにすぎなくなり、住居は目的地ではなく一通過点となる。家族の空間は、家族を象徴するシミュレーションとしてのみ存在理由がある。伊東が内外の空間の二重性を生み出すにすぎないと批判したボルノウも、実は伊東同様、住居が外から脅かされていることを指摘していた。しかし伊東のように易々とあきらめることはせず、生への究極的信頼が脅迫的な破壊の前でも住居の建設を促すのだと述べた。ボルノウに比して伊東のこの諦念、これが本書から常にかもし出される寂しさの原因となっている。だからこそ逆に《アミューズメント・コンプレックス・H》(1992)でこれを構成する遊興消費施設群が設計過程で企画変更され続け、作業の終了する見込みがつかず、まるで消費世界に呑み込まれるような恐怖を感じたと伊東が述べる際、むしろ読者は安心感を覚えるに違いない。
話を本筋に戻すが、伊東は社会全体がサランラップに覆われ生活がシミュレイテドなものとなりリアル/アンリアルの区別すら喪われたと言う。ボードリヤールが建築は「本質的な意味ではなにひとつ変革することができない」しマス・メディアやシミュレーションにすぎないと語る一方、建築家・伊東はシミュレーションであること、つまりサランラップそのものをいかに実体化するかということが今求められている建築であると極言する。
この表層へのこだわりは「発生過程の建築」へのこだわりと換言できる。流れが形体化する以前の建築を理想とするこの「発生過程の建築」はしかし最初から矛盾を抱えている。ドゥルーズ的難問である。伊東が得意とする液晶プロジェクターによるインスタレーションならばともかく、建築はフィジカルに建築化されなければならない。たとえ最小限にであろうとそれが組織され構造化された途端、実体として存在するのだ。だとすれば彼が批判するフォルマリスティックな建築同様、彼の建築も消費の対象となってしまう。サランラップをいかに美しくヴィジュアライズしたとしてもその上から再度サランラップで覆われてしまうのだ。こうしたトートロジーに彼自身が非常に敏感であることは確かだ。『風』以来、彼は常にテキストの最後には、彼の理想的建築を実体化する現実的手法をいまだ見出せずにいることを反省し、なおも模索中であることを告白する。読者はこれで何度も肩透かしを食らう。彼は確かに現在のわれわれが置かれている状況を拒絶することなく(逆に易々とあきらめ)、果敢に闘争(トーソー)を続けている。テキストや各作品には彼の思考の過程が、闘争の過程が痕跡として留められている。しかし一方、実体化の現実的手法を見出せたか、今回の作品は成功したのか、と問おうとすれば、彼は巧みに肩透かしを食らわし、ノマドの建築家よろしくスルリと逃走(トーソー)してしまう。彼はまさにトーソーしつつトーソーする建築家なのだ。
本書の後半大部分を占める《せんだいメディアテーク》に伊東は「ある救い」を見る。それが建設の過程でまったく先が見えないからであり、一方建設過程において議論が展開しさらに竣工後も議論され続けていくであろうことが予想されるわけで、そこに実体としてではない「もうひとつのメディアテーク」の存在を発見したからである。《アミューズメント・コンプレックス・H》では建設が半永久的に続くことに恐怖を感じていた伊東だが、ここではむしろ解答を常に先送りし、永久に工事中であるかのような未完成に流動していくトーソーしトーソーしトーソーする建築を楽しんでいるかのようである。