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隈研吾

INAX出版
2001年2月20日発行
定価:本体2200円+税
ISBN4-87275-100-0 C0336


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これから2冊の本について書きたいと思う。2冊の差異、その2冊の間に流れた時間の意味について書きたいと思う。1冊は磯崎新が1975年に出版した『建築の解体』。もう1冊は五十嵐太郎の近著『終わりの建築/始まりの建築――ポスト・ラディカリズムの建築と言説』である。もちろんこの2冊は偶然に選択されたわけではない。『建築の解体』は、「1968年」という特殊な年号のまわりに生起したさまざまな刺激的な建築的状況に対する、最良のドキュメンテーションである。そして、五十嵐は彼自身あとがきのなかで告白しているように、『建築の解体』の後の30年間を総括しようという壮大な意図で、『終わり/始まり』を書いた。この2冊を読みさえすれば、20世紀から21世紀へと転換する、激動の30年間のアウトラインを巡ることができる。その転換の本質、核心に到達することができる。21世紀にも「建築」を続けたいと思う奇特な諸兄にとって必読の2冊であると言っていいだろう。そういう僕も、正月休みを使って、久しぶりに『解体』を手にし、そして『終わり/始まり』をじっくりと読んだ。この30年間に、建築で何が起こったのか、何が変わったのか。
結論から先に言えば、この30年間に変わったものはない。しかし、にもかかわらず、すべてが変わった。それはどういうことか。その奇妙な印象はどこからくるのだろうか。 その30年間について、磯崎は「歴史の落丁論」と呼ばれるおもしろい分析をしている。磯崎によれば1968年から1988年は歴史の落丁である。なぜなら、1968年に始まったエスタブリッシュメントを「解体」する運動が1989年のベルリンの壁崩壊というかたちで成就するまで、歴史は宙づり(ペンディング)にされ、その間20年、特筆すべき何事も起こらなかったというのが磯崎の論である。そして、1989年、歴史は再び起動し、90年代は60年代と直接的に接続されるというわけである。この論に僕は半分だけ同意する。90年代と60年代との同質性の部分である。この2冊を読めば、その同質性は誰の目にも明白であろうし、『解体』を書いた磯崎が「君たち昔と同じことしかやってないじゃないか」と胸を張るのも、当然のことに思われる。たとえば情報という新しいファクターの導入による建築の解体について、磯崎はすでに60年代に予言している。あるいは大衆やポピュラリズムによる建築の解体や都市の変質についても、すでに磯崎は明確に分析し、すべてを言い当てている。磯崎の論はいま読んでも、まったく色あせていないし、この2冊を読めば磯崎がこの30年間、建築の世界の言説、実作の中心的存在であった理由を、改めて納得することができる。この30年間のすべての言説と作品は、『解体』のなかですでに先取りされていると言ってもいい。
しかし、ただひとつだけ決定的に違う点があるように僕は感じた。その一点で90年代と60年代は異質であり、そして2冊の本は水と油ほどに異質なのである。この一点に関して、この30年間は落丁でも空白でもなく、見事に流動し、変化を止めることがなかった。その点で僕は落丁論とは一線を画す。では、何が変わったのか、どう変わったのか。
それは建築を設計する主体のあり方の問題、すなわち建築家の姿勢の問題である。それを五十嵐は設計の主体が特権的な個人から、複数の主体の曖昧な結合体であるユニットへと変化したというかたちで要約している。ひとりの個人による強い建築表現にかわって、複数の人々が、ささやかで控えめな「弱い」表現を行なう時代になったというのが五十嵐の論である。思い切ってわかりやすいたとえを用いるならば、個人としてのアイドルの時代から集合体としての「モー娘。」に変わったということを五十嵐は言いたいのである。アイドルと「モー娘。」の違いは、単に単数の主体か複数の主体かという問題ではない。どこにでもいるような、ブスか美人かも判別しにくい普通の女の子の集合体であるということが重要なのである。その身の丈感覚、そのせこさ、みみっちさ、普通さが重要なのであり、「モー娘。」の大ウケの最大の要因なのである。そのせこさ、みみっちさ、普通さは単に彼ら自身の属性にとどまらず、ユニット派のプロジェクトの基本的な性格でもある。コンセプトというかたちでのあらっぽい要約を行なえば、ユニット派の設計するもののコンセプトは、すべて磯崎に、すなわち1968年に先取りされていると言ってもいい。彼らもまた、情報化、大衆化、複数化、ヒエラルキーの喪失といった1968年的な諸条件を受け止めて、建築を作っているのである。しかし、そのリアリゼーションにおける作法が、決定的に異なるのである。彼らは、けっして英雄的にではなく、みみっちく、せこいかたちで実現するのである。必ずしもそうしかできないというわけではない。そこが重要である。英雄的に振る舞える場所を与えられても、わざとせこく振る舞うのである。その結果、『解体』に紹介された建築家たちと、五十嵐の紹介する建築家の作品は、まったく対照的な印象を与える。特にそのせこさは、日本の建築家たちに顕著であり、彼らの持ち技といえるまでになりつつある。その意味において日本の建築家たちはより21世紀的であり、より今風であるとも言っていい。村上隆のスーパーフラット論のキャッチが、「日本は世界の未来かもしれない」であるのと同様に、五十嵐によって記述されるユニット派は世界の未来かもしれない。
では、何が「モー娘。」を生んだのだろうか。なぜ日本に「モー娘。」が生まれ、スーパーフラットが生まれ、ユニット派が生まれたのだろうか。ひとつの要因は、情報の精度、密度である。そもそも群から飛び抜けた高嶺の花よりも、普通の娘のほうが、マッスの支持を獲得する可能性は高い。しかし、普通の娘のかわいらしさを伝達するには、それなりの情報の精度、密度が必要とされる。解像度の低い映像では、その微妙なかわいさを伝達することができなかったのである。「モー娘。」が受けるということは、情報技術が、日本という狭さのなかで、それだけの精度と密度を獲得したということにほかならない。
しかし、それでも疑問は残る。なぜ「普通に近い娘」はひとりでアイドルとして売り出されるのではなく、「モー娘。」のようなグループとして売り出されるのだろうか。そこには2つの要因が作用している。ひとつはプロモーションにおけるリスクマネージメントである。いかに情報の精度を上げようとも、好みはさまざまであり、単一の個性が、マッスの支持を獲得する確率は低い。好みがさまざまであるならば、対象物である歌手もまた多様な個性の複合体として商品構成することで、リスクを回避し、マッスを獲得することが容易となるのである。ということはとりもなおさず、プロモーションという行為が、リスク回避を必要とするほどに、今日の社会のなかで、依然として「大きな」経済行為であるということでもある。その大きさは建築という経済行為の大きさとも似ている。それらと比較すればファインアートは大きな経済行為ではない。それゆえファインアートでは依然として「モー娘。」やユニットではなく、個人が顔を利かせているのである。
複数化のもうひとつの要因はメンバー相互のコミュニケーションが人々を引きつけるからである。メンバーというエレメントに惹かれるのではなく、メンバーのコミュニケーション、メンバーの相互関係が魅力的なのであり、今日の情報技術は、その些細な、取るに足りないコミュニケーションをも見事にフォローし伝達する。それによってファンは擬似的に、メンバーの一員となる。そのような巧妙な仕掛けが「モー娘。」の周囲に成立するのである。
かくして90年代の日本は「モー娘。」を生み、ユニット派を生んだ。その基本コンセプトが1968年に先取りされているということは、決して彼らの決定的な新しさを否定するものではない。新しいコンセプトを唱えることに意味があるのではない。そのコンセプトに基づいて、延々とつまらない取るに足りないおしゃべりを続け、多くの人々をそのおしゃべりに引き込むことに意味があるのである。情報社会とはそのような社会の別名である
★1。そして、そのような社会が不毛な建築を生み出すわけでもない。ほとんど普通で、しかも充分に良質な小さな建築を、華麗で楽しいおしゃべりとともに、飽きもせずに作り続けていくこと。情報社会だから、そんなオトナの楽しみも可能となるのである。五十嵐太郎はそんな時代をプロデュースするひとりの「つんく」として、大いに期待されているのである。


★1――たとえば産業社会型の建築メディアにおいては、その号に掲載された建築の総工事費と比較すれば、その号の総売上はほとんど取るに足りないものである。一方、情報社会型の建築メディアにおいて、その2つの金額は反転する可能性すらある。情報社会においては、新しいコンセプト、新機軸を打ち出すことが能力ではない。そのような新コンセプトを打ち出し続けることの不可能性は、すでに始まりにおいて予見されている。些細なものに関して、取るに足りないおしゃべりを延々と続ける能力こそが、情報社会における能力なのである。