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      暮沢剛巳
       

月曜社
2002年8月10日発行
定価:本体7200円+税
ISBN4-901477-03-X C0072


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▲森山大道『新宿』より

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8月最後の土曜日、久しぶりに新宿御苑を訪れた。「訪れた」というよりは「逃げ込んだ」といった方が正確かもしれない。というのも、ちょうどこの日、フィールドワークとばかり新宿界隈をうろついてみたはいいものの、やはり炎天下の中長時間の彷徨には耐えられず、喫茶店の冷房で体調を崩すよりはまだましと森林浴を決め込んだからなのだが、巨木の木陰に身を潜めたり、池辺で涼んだりしている最中、私は自分の視界が常に巨大なシルエットによって遮られることに気がついた。NTTドコモ代々木ビル。シルエットの正体は、新宿一帯どこからでも必ずや視界に入ってくる、あの尖塔型の巨大建築である。そしてそれに気づいた次の瞬間、私は「新宿のどこへいってもあのビルが必ず視界に入ってきてしまうんだよ」と淡々と語っていたある写真家の言葉の正しさを実感し、またそもそもこの日新宿へと足を運んだのも、その写真家の新刊写真集を書評するためであったことを思い出していた。その写真家とは、誰あろうあの森山大道のことである。
森山が新宿をテーマとした新しい写真集を刊行予定であるとの情報は、しばらく前から耳にしていた。しかし刊行後、実際に書店の店頭で見かけたときには、束の厚みにして3cmはあるであろうそのボリュームに圧倒されてしまうこととなった。この分厚い写真集に収録された写真は、すべてモノクロからなる計524点。既に『10+1』誌上で発表されていた一部には辛うじて見覚えがあったものの、大半の写真はもちろん今回が初見だった。モノクロ写真の都市景観といえば、最新のものとしばらく前のものとを並置してもさして違和感を生まない無時間性が一つの特徴だが、この『新宿』に収められた写真は、被写体の特徴からすぐに「今」と判別できるものばかり。この写真集のために、幾度となく新宿界隈を歩き回っては不意にシャッターを切る森山の様子が、実に容易く思い浮かべられた。
最近の森山をめぐる最もホットな話題といえば、なんと言っても宇多田ヒカルのプロモーション写真に起用されたことに尽きるだろう。この話題が象徴するように、ここ数年来森山は若い世代からの熱狂的な支持を集めているばかりか、ホンマタカシを筆頭に、森山への傾倒を隠さない若手写真家も現れている(実際この『新宿』も、大部で高価な写真集としては異例の反響が寄せられているらしい)。60年代末の『プロヴォーク』のことなど知る由もない若い世代は、きっと93年の『Daido hysteric』を機に、それまでのハードな作風に加え、ファッション写真家としても注目されるようになった森山の軌跡に憧憬の眼差しを注いでいるのに違いない。だがそうした周囲の喧騒をよそに、当の森山本人は『Daido hysteric』以前も以後もほとんど変わっていないことに注意しておく必要がある。大阪出身の森山が、上京して写真家修行を開始したのは彼がまだ20歳過ぎの青年だった1961年のこと。以来一貫して、「混沌、氾濫、欲望、卑俗、猥雑、汚濁などなど、手垢にまみれたチープな単語をずらずらと並べてみると、どれもこれも皆ぴったりで笑ってしまう」新宿の、「エタイの知れない磁力」に囚われ続けてきた森山は、それこそこの40年余の間幾度もこの街を彷徨ってはシャッターを切っていたはずだ。数年前、出身地の大阪を舞台とした写真集を出版した後、次はもう新宿しかないと意を新たにしたのはいたって自然な決断だっただろうし、また新宿の「今」を撮りたいという自らの欲望を実現するためには、とりたてて目新しい技法を導入する必要もなく、ひたすら新宿の街を彷徨いながら、シャッターチャンスを拾って回るといういつもながらの手法を踏襲すればそれでよかったのだろう。そう、都市空間を舞台にフィールドワークを重ね、足で写真を撮るという森山が若い頃から一貫して堅持しているスタイルは、今回もまたいささかも変わっていない。その意味ではこの『新宿』は、被写体こそ「今」に限定されているものの、森山のキャリアの集大成とでも呼ぶべき性質を備えているだろう。
一部の口さがない者は、一貫して写真のスタイルを変えようとしない森山の態度を頑迷なものととらえ、そこに「批評性の欠如」を指摘するかもしれない。だが当の森山は、こうした批判さえも余裕綽々で受け止めて、「批評性がない?
全くもってそのとおり。ぼくにとっては最大級の賛辞だよ。だって批評ってのは要するに言語の問題でしょ。ぼくは言語を持っていないからこそ写真をやっているわけだしね」とでも切り返してのけるだろう。考えてもみれば、鋭い批評性を備えた写真の在り方を追求すべく、その可能性を徹底して言語や理論の中に求めようとしたのは、ともに『プロヴォーク』に参加していた森山のライヴァル・中平卓馬の態度である。同じ歳の中平は、森山が長いキャリアの中で唯一ライヴァルとして意識し、また愛憎紙一重の感情を抱くほど大きな存在だったのだから、以後森山の作風が、言語を基調とする中平のそれとは逆の針路を取ることになったのも当然の話である。それこそこの40年来愛憎紙一重の関係を保ってきた新宿は、森山にとってまず「撮る」べき存在であって、決して「語る」べきものではなかったはずなのだ。
しかしそんな森山も珍しく(?)、新宿の都市景観を『ブレードランナー』と『バットマン』という二本の映画に託けて語ったことがある。酸性雨が降りそそぐ街の最下層で無数のルンペンがうごめく東洋の近未来都市オオサカ(この都市の舞台が大阪だったことを大阪出身の森山が意識していないはずはないのだが、まあそんなことはどうでもいい)と、重厚なゴシック趣味と犯罪の臭いに塗り込められた暗闇の都市ゴッサム・シティ――確かに、『新宿』に収められているこの街の猥雑で毒々しくも蟲惑的な景観は、私自身も大好きなこの二つの架空都市に潜むエロティックでリリックな情感にも通じるものがあるだろう。総じて粒子が粗く、ときに激しくブレたりボケたりしている一枚一枚の写真は、新宿という都市の豊かな想像力を力強く物語って倦むことがない。したり顔で写真論や都市論を語ることはいつでもできる。『新宿』を手にとったわれわれは、それよりも先に自らの新宿像を思い返してみる必要があるだろう。


*本文中の森山の発言は、「新宿」(『10+1』Vol.17)、「新宿、猥雑な路上へ」(『週刊読書人』2002年9月6日号)、「ホンマタカシ、中平卓馬につき調査を続行する――森山大道の巻」(http://www.bk1.co.jp)を元に主題を損ねないように再構成されている。