「メタジオグラフィ」、あるいは「超空間誌」のほうへ

八束はじめ
エドワード・W. ソジャ『ポストモダン地理学──批判的社会理論における空間の位相』
エドワード・W. ソジャ『ポストモダン地理学──批判的社会理論における空間の位相』
2003年6月発行
青土社
定価:本体4,200円+税
ISBN:4791760484
373頁

1999年だったか、オランダのデルフト工科大学のシンポジウムに呼ばれた。アムステルダムのスキポール空港まで同大学の学生が迎えにきてくれたわけだが、同乗の招待者がほかにもいた。プロレスラー顔負けの大柄で髭もじゃの赤ら顔、「ポパイ」のブルートみたいな男だ。そのくせ顔は知性的な雰囲気を保っている。充分以上に人目を惹くこの大男が本書の著者エドワード・ソジャだった(後述の「ちょっとした戸惑いを刺激として」には身長約2メートル、体重125キロ以上と自己紹介的な注がある)。同時に行なわれた別のセクションなので彼の発表は聞き逃した。「CITIES IN TRANSITION」と題されたこのシンポジウムの成果は、その後「010PUBISLISHERS」という「10+1」(因みにこれは私の命名)と紛らわしい名前の出版社から出ているのだが、何故かソジャの名前はない。良くあることだが、印刷の際に原稿を引っ込めてしまったのかもしれない。後述のようにソジャにはオランダとは縁があったはずなので(このシンポジウムではロッテルダムの港湾局がスポンサーであったせいか、港湾関係の議論が多かった──私は丹下健三の「東京計画1960」を戦中の坂倉準三による大陸でのプロジェクトと関連づけたりして、最後の殖民の場としての海洋都市について発表した)この脱落はいささか残念である。とはいっても、私は当時この著者のことをほとんど(あるいはまったく)知らなかったので、その体躯以外には関心をそそられようもなかった。同じポストモダン地理学の旗手デイヴィッド・ハーヴェイは本(いまでは翻訳も出ている『ポストモダニティの条件』[青木書店])を読んでいたのだが。知っていたら膝をつめて話をしたのにノノ(この際にはサスキア・サッセンも来ていてバーに誘われたのだが──別に私だけではないので念のため。ただしなかなかの美人であることは付け加えておこう──こちらは疲れきっていたのでパスした。これも勿体ないことをしたものだといまにして思う)。この時にはヴィニー・マースとかザエラ・ポロとかとも一緒だったが、こっちの方はどうでも良かった(プレゼが酷かったのはグレッグ・リン)、というのはいまの私の関心の所在を示しているのかもしれない。

改めて読者のために紹介しておくと、本書はハーヴェイが本書と同じ年に出版した上記の『ポストモダニティの条件』と双璧と見なされる、いわゆるラディカル・ジオグラフィの原典ともいうべき本である。『ポストモダニティの条件』のほうは1999年に邦訳が出ている(ただし私は原書で読んでしまったのでこちらはあたっていない。表紙がコールハースの夫人マデロンによる『錯乱のニューヨーク』のドローイングだったので──中にもOMAなど建築のことは結構触れられている──買ってしまったわけだが、後述のようにいささか原論にこだわった本書よりも『10+1』関係の読者には読みやすいはずなので、多いにお勧めしておきたい)のに、こちらが出版されてようやくそろい踏みがなったというところだろうか(遅れた理由はあとがきにある)?

といっても、じつはソジャの名前は『10+1』の読者には一足先にお目見えしている。上に挙げた「ちょっとした戸惑いを刺激として」と題されたアムステルダムとロサンゼルスの比較論が、24号と25号に分けて、本書の訳者の一人である加藤政洋氏の翻訳で掲載されているからだ。これについてはまたあとで言及するが、一応この辺りを念頭において読んでいただきたい。

ところで、このところ書評の対象を読む前に読んでいた本から話をはじめるというケースがつづいており、別にスタイルと決めたわけではないのだが、今回もそれを踏襲したい──別に計画的ではないのだが、いささかおあつらえ向きだったからだ。今回読んでいたのはヘイドン・ホワイトの『Metahistory: The Historical Imagination in Nineteenth-Century Europe』(The Johns Hopkins University Prfess, 1973)である。史学では有名な本で、新しくはないのだが、最近の歴史学、とくにナラティブ/物語論の原典のひとつとして言及されることが多いのと、ホワイトがイタリアのカルロ・ギンズブルクと交わした(というか、すれ違った、というほうが適切かもしれない)ホロコーストをめぐる論戦もあって注目を浴びている。一向に翻訳が出てくれないので400ページを超す原書を読まざるをえなかったわけだが、これが本書とある意味関係があるのは、ソジャが本書で展開しようとしているのが19世紀以来の西欧において空間の学たる地理学に対して時間の学たる歴史学が圧倒的に偏重されてきたことへの批判というか巻き返しだからにほかならない。9章からなる本書のほぼ前三分の二はこの点に関わる議論である。ソジャによれば、この史学の専横に対する空間論的転回のきっかけを与えたのはミシェル・フーコーとアンリ・ルフェーブルだということになり、この二人の哲学者に加えるにニコス・プーランザス(政治哲学)、アンソニー・ギデンス(社会学)、上記のハーヴェイ(地理学)などの論客を取り上げて彼等の諸説を論じている(ちょっと変り種には「イメージ」とか「見るということ」で知られているジョン・バージャーなんかも挙げられている)。つまり本書は基本的にこの人々の仕事のレビューをラディカル・ジオグラフィのイントロとして位置づける作業である。

ホワイトの『メタヒストリー』は19世紀を歴史の世紀とした巨匠たち、つまりミシュレ、ランケ、トックヴィル、ブルクハルトらの歴史家たち、ヘーゲル、マルクス、ニーチェそして(20世紀になってしまうがホワイト自身に特段の影響を与えたという意味を含めて)クローチェなど歴史に関わる思想的論考(拡大された意味においてであれば歴史哲学といってもいい)を行なった哲学者たちをとりあげているのだから、そこだけ見ると、ソジャの本は、ホワイトの19世紀を空間の世紀たる(あるいは、たるべき)20世紀に置き換えた「メタジオグラフィ」とも称すべきものでもある──ただホワイトの眼目は、歴史の巨匠たちの諸説を分析紹介するのみならず、彼らのテクストを修辞学的に分析するというフォルマリスティックな(如何にもアメリカらしい)狙いにあり、それは書かれた内容(における真実の所在)よりも形式に優位を与えるという意図に貫かれているが(これがギンズブルグの批判を買うことになった)、これはソジャの狙いにはもちろん含まれていない。アナロジーはそこまでである。

ソジャの議論は、このためほとんど歴史的な部分に向けられることはなく(現行のポストモダン地理学といえる動向の全部がそうだというわけでは毛頭ない)、いわば各論としてとりあげられているのも最後の二章を形成している現代のロザンゼルス(ソジャ自身がUCLAで教鞭を執っている)の分析だが、彼の思想の根も実のところ19世紀、つまりマルクスにある。ハーヴェイもそうだが(ルフェーブルももちろん然り)、ポストモダン地理学の主流はマルクス主義の批判的継承の上に置かれているのだ。つまり主眼は資本主義の分析なのだが、それはまず空間に対してこそあてられるべきだという主張である。より正確にいえば、あてられるべきなのに、従来のマルクス主義の分析ではそれが不当に等閑視されてきたという主張なのだが。ここで20世紀の空間論的転回の源流の一人に当てられているフーコーもまた思想史家だったわけで、空間がそこで大きな意味を与えられてきたとはいえそれは時空の中での系譜学的考察の対象としてであったのだから、歴史と地理を殊更に対比させるのは私などにはいささか違和感があるが、これは歴史学に向けられた反感というより、地理学やマルクス主義という自身のテリトリーの中での反対派(主流派)に向けられた戦略的なポーズととるべきなのかもしれない(ともあれこの挑発的な言動はかなり目立っていて、部外者には少々暑苦しい)。

ソジャが最大の影響を受けたらしいアンリ・ルフェーブルは、私の世代などにはごく懐かしい名前である。羽仁五郎の『都市の論理』(勁草書房、1968)が本当にパンほどにも売れた(フーコーの『ことばともの』のフランスでのセールスに形容されたことば)時代に、ルフェーブルの一連の仕事はその延長として読まれていたし、私も例外ではなかった。日本でも本国でもこの「ブーム」は大学革命(あるいはベトナム反戦や三里塚闘争)の熱気がさめるとともに引いていったが、同じような運動があったはずの英語圏では彼の紹介は──一部を除いては──かなり遅れたらしい。『10+1』の初期には上野俊哉による「都市論の系譜学」が連載されていたが、これも起点はルフェーブルで、「最近では彼の思想が省みられることはそれほど多くはない」と書かれているが、「それほど」という形容はやや控えめだろう。因に上記のホワイトの本もこの頃だから、思想的な著作も場所によって受け入れに随分タイムラグがあるのは面白い(建築論も、だから、古いというだけで一蹴するのは止めましょう)。

ソジャを含むラディカル・ジオグラフィについては『10+1』本誌(31号)の連載の第一回でもとりあげたので併せて見ていただけると有り難いが、もともと英米圏とくにイギリスのアカデミズム・思想界では(ネオ)マルクス主義の影響が強い。本書でも名前が出てくる歴史家エリック・ホブスボーム(伝統とされているものの多くがじつは近世の捏造であるというような論考などはじつに面白い)などもその例であり、前述のハーヴェイなども同様である。イギリスの労働争議などと地域経済や都市構造の変化にこれらの学者たちがコミットしてきたわけだが(ちょっと時代はずれるし、政治的なコミットメントの程度は不詳だが、チームXの都市スタディ──古くとも読むべきものの好例──などにも共通の根を感じる)、ハーヴェイの主要な考察対象である〈built environment〉が都市計画や建築畑の我々とも重なる関心事であることはいうまでもなく、本書にも〈built environment〉はよく使われている(因に「建造環境」という訳語はもうひとつしっくりしない。さりとて代替の妙案があるわけでもないのだが)。この系列だと政治地理学/地域スタディ的なアプローチだが、イギリスではもうひとつカルチュラル・スタディーズ系の文化地理学経由での議論もあり、この辺はおそらく現在では混じり合っているはずだ。

ソジャの視野にもそうした動向は当然入っているはずだが、本書では、空間論的転回の力説に絞り込んだせいか、あるいは時期的な問題なのかそこまでは議論が広がっていかないのはいささか残念。我々のようにもともと空間を考察や実践の対象としてきた者からいうと(ただしその概念自体の採用はごく新しいということは前々回、シュマルゾーの書評に寄せて多小触れた)、転回の必要性を聞かされるよりは、その先が知りたいという憾みは残される。ソジャはこのあとに『Thirdspace: Journeys to Los Angeles and Other Real-and-imagined Places』(Cambridge, 1996)と『Postmetropolis: Critical Studies of Cities and Regions』(Oxford, 2000)を出版し、本書と合わせて三部作と位置づけられているのでそちらで展開されているかもしれない(が、申し訳ないことに未読である)。上述の「ちょっとした戸惑いを刺激として」はこの『Thirdspace』のひとつの章である(ただし書かれたのは本書の出版である1989年のややあとの1991年くらいらしい)。これはアムステルダムの叙述から始まる。ソジャがアムステルダムを論じたのはルフェーブルが注目した都市として取り上げられたかららしいが、この不思議な都市は亡命していたデカルトからリゾームのモデルと考えた節のあるドゥルーズまでさまざまな思想家の注目を惹いた「伝統」があることはいうまでもないだろう。本書のロサンゼルスのスタディがほとんど鳥瞰的な記述で行なわれる(ダウンタウンの記述では「日本でもっとも偉大な建築家の一人が、あふれかえる人の海を制するように設計したゲートウェイ・ビル[磯崎新設計のロサンゼルス現代美術館カリフォルニア・プラザ館]がある」と、私も関与したプロジェクトが出てきて個人的なノスタルジーをかき立てるが)のと対照的だが、本書の訳者あとがきによると、当時この(非歩行者的)アプローチへの批判があり、それに対する答えとして「ちょっとしたノノ」が書かれたらしい。

このことも含めてちょっと感想めいたもの(というのは私が上記の近刊2冊を含めてこの分野にさして入り込んでいるわけではないからである)を書いておきたいのだが、おそらく本書の読者の大部分(非専門の)は本書に(あるいは「ちょっとしたノノ」でも)「これが地理学?」という疑問を持つのではないか? もちろんそれが学校で我々が慣れ親しんだ(しみ過ぎた)自然地理と違うからというのではない。しかしここには学問規範特有の用語とか定式とかがほとんど見られない(前述の〈built environment〉は建築ではあまり使わないから例外のうちだろうか?)。記述方法も「ちょっとしたノノ」のアムステルダムのように歩行者の視線であったりロザンゼルスの場合のように鳥(飛行機)の視点であったりするのだが、前者はほとんどベンヤミンのベルリンやパリの記述のようであり(どうもミシェル・ド・セルトーを意識したらしいが)、後者はコルビュジエ風であったりする。日本でいえば、今和次郎の卒業論文にあらわれる──地域生態学のパトリック・ゲデスのヴァレー・セクションの影響を受けた──有名な国土計画的な関東地方の地域叙述があるが、今和次郎は当時のフランスの人文地理の影響は受けていたとはいえ、ソジャのスタイルは地理学に特有な記述法とは見えない。もはや都市論ないし地域論、空間論という一般的なカテゴリーの中に融解して見える。すぐあとに触れるが、ホワイトの「メタヒストリー」は歴史の「グラフィティ」つまり記述法自体を問題にしているわけだが、地理学では最初から「ジオ・グラフィ(地誌)」ということばが入っているのだから、これは看過できない問題のようノ思えるのだが。

スタイルの問題だけではない。これは、さらに批判のための規範は何かという問題にもつながる。ネオマルクス主義的なアプローチは、例えばギデンズの社会学がそれを冠して呼ばれるように「批判的」なアプローチだからである。ソジャはロザンゼルスという都市がほとんど反都市ともいえるようなまったく特殊な都市であることを論う限りにおいてこの問題に十分意識的であるとは見えるが、それは両義的である。「ポストモダン」状況は価値規範が著しく拡散する状況でもあるからだが、それは「ちょっとしたノノ」の翻訳第2回の冒頭に引用されたコールハースのアムステルダムに関するテーゼ(オランダの都市のスタンダードはロザンゼルスのような超メトロポリスという視点を欠いているという)に明確に現われている。つまり、アムステルダムを歩行者中心の伝統的な都市と考える限りにおいて(最初のソジャの描写は意図的にその観点から行なわれる)、取りのがしてしまう問題があるというわけだ。これは「ちょっとしたノノ」の後記1に見える、都市はミクロな眺めとマクロな眺めの両方によらねばそれを理解できないというテーゼ(上記ロサンゼルス論への批判への応答)につながっている。つまりソジャは歩行者的な視点も鳥瞰的な視点もアプリオリにとることはないというわけだが、「どれだけ巧みで精密な伝記作家でも、ある人の生活を完璧に知ることは不可能であるように、わたしたちがどのような視角をとろうとも、完璧に知ることのできる都市──さらに生きられる空間──などない」というそうしたソジャの認識は、じつのところ、ホワイトの歴史に対するテーゼとほとんど重なっている。ホワイトが歴史相対主義であると評されるように、こうしたソジャの姿勢はそのままだと相対主義につながる(否定的にいうのではない。私もここでは「both〜and〜」派である、コールハースは違うだろうが)。しかしそれであればあるほど規範の在り様と記述の方法が問題となるのだ。

上記のように、ホワイトの『メタヒストリー』では、歴史が記述される対象というよりは記述それ自体であるというテーゼが分析されている。そのためにプロット化の様式(「ロマンス的 romantic」「悲劇的 tragic」「喜劇的 comic」「諷刺的 satirical」)や論証の様式(個別論的 formist、機械論的 mechanistic、有機論的 organicist、文脈的 contextualist)、イデオロギー的な内包性(「アナーキズム anarchism」「保守主義 conservatism」「ラディカリズム radicalism」「リベラリズム liberalism」)、そしてそこに働く歴史学的想像力の働き方(「隠喩法 metaphor」「換喩法 metonymy」「提喩法 synecdoche」「反語法 irony」)などのタイプによる重層的なマトリックスとして分析されているが、本書のほうでは(ソジャのみならず)地理学的想像力(imaginationは三木清風に訳すと構想力である)という概念が強調されるにも関わらず、下記のようなイデオロギー的な分類は別として、こうした分析は見当たらない。もちろん「メタヒストリー」を意識して書かれたわけではないのからそれがないと咎める謂れはないが、そうなると地理学的想像力とは何か、地理学的なテクストとは何なのかはいささか判然とはしなくなる。それが書き込まれるべき場所として「空間」を引き受けた瞬間に、それと関連する諸々の方法や規範──建築や都市計画ももちろん含まれる──が全部殺到してしまう。原論としてはこの部分はどうなのか、見てみたかったという思いは残される。

ホワイトはホワイトで、歴史が語りの内にしかないというならば、あなたは結果として証人の不在(ないし不可能性)の故にホロコーストはなかったという修整主義に与するのかという批判に曝されるのだから、形式の問題以外にも批判には批判としての枠組みが要請されるだろう。もちろんそれを拒否する姿勢もありうる。ほかならぬコールハースの議論はそうした「善悪の彼岸」を見据えている。上記のアムステルダムへの所感は、彼がアムステルダムの駅の裏側に計画していた巨大開発などとも関わる(ように聞こえる)。それはリールをさらに大きくした(といってもアムステルダムは高々70万都市だから規模としては知れているが)「メトロポリタン」な計画だったが、10年近く前にそれをやっているオフィスを見た帰りに、同道したオランダの批評家はアムステルダムの市民はこういうのは絶対反対だから実現はまず不可能だろうといっていた(どうなったかは知らない)。ソジャはこの都市にあるこのような一般的な保守主義とそれに対立するマイノリティ・グループ(そのひとつであった「プロヴォ」は確か上野俊哉が何処かで触れていたような気もするが確認していない)に言及しているが、前者は当然として、緑の党に引き継がれていった後者のようなラディカリズム(アナーキズム的環境保護論)がコールハース的な「善悪の彼岸」、つまり仮に(かつ強引に)いえばロサンゼルス的なもののアムステルダムへの導入に賛成するかというような問題は論評するに容易ではない。彼らはロサンゼルスでは命脈である自動車交通への不倶戴天の敵であるから反対は明らかだ。では、どうする? ソジャにもこの問題への答は見られない。

ここまで議論を広げることは、本書の書評の域を脱してしまう。この議論は(ホワイトのそれも共々に)また『10+1』の連載のほうで引き取るということで、ここのところでは、訳者の方々には引き続きほかの二書の迅速な翻訳をお願いしておくことにしたい。『現代思想』の1999年12月号にも同じ加藤氏の訳で『Thirdspace』の別の章(「ヘテロトポロジー」)の翻訳が出ているのだからさほど困難ではないだろう。ただ分担した共訳は止めてほしい。私にも経験があるが、結局時間もかかるし、どうしても出来に凸凹が出る。本書も、残念ながらいくつかの章はいささか翻訳調で読みにくい。

[やつか はじめ・建築家]


200401

連載 BOOK REVIEW|八束はじめ

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